第36話:彼らの思惑と期待

 窓から入ってくる陽光もあって、ゴリクマさんの笑顔はまぶしい。心なしかその服をパツパツにしている肉体もテラテラと黒光りしているように見える。


「よかった、問題なく校内に入れたんですね。最近は外の人が入ってくる事に対して厳しいって聞いてたので」

「HAHAHA! なあに、その辺は心配してなかったさ。ワタシはここのOBだし、それに」


 ゴリクマさんがクイッと親指で示した方向には、水泳部コーチがいた。


「半ば偶然とはいえ、よく知ってるヤツもいたしNE」

「コーチと知り合いなんですか?」

「腐れ縁というかなんというか……そうさな。昔はキミと赤柴くんのような関係だったと言えば伝わるかい」

「……なるほど」


 コーチはじっと元哉のウォームアップをチェックしているようだ。こっちを無視しているように感じるのは、ゴリクマさんがいるからだろうか。

 

「可愛い教え子がワタシにとられて拗ねてるだけだYO。……さしずめ、なんで自分に相談しに来なかったんだと思ってるんだろうが」

「うっ、怒ってますかね? ゴリクマさんとコーチが知り合いだと事前に知ってたらまだ配慮もできたんでしょうが……」


 コーチからすれば、俺は教え子でありオーバーワークによる故障を見抜けなかった相手でもある。そんなヤツがいざ復帰したいと言い出してから二週間の間、実は自分も知ってるヤツに見てもらっていたと知ったらどう感じるか。

 想像するのは難しくはない。つうか、俺なら少なからず思うところがあるだろう。


「気にしない気にしない! 向こうは元哉くんに付いて、ワタシが鳶瑞くんに付いたんだからイーブンさ。大体そんなに気になるならキミが復帰を決めた時点でコーチ側から声をかければよかったのさ」

「……ですかね」

「そうですとも。さっ、今からでも柔軟のサポートをしてあげよう」


 そう言ったゴリクマさんは、座って両足を前に伸ばしている俺の背中を押そうとしてくれる。ありがたくその補助を受けていると、背後のマッチョメンはさらにこう付け足した。


「今の内に気になるところがあれば言ってくれ。……必ずキミを万全の体勢で勝負に送ってみせるYO」

「――ありがとうございます」


 大きて力強い掌からパワーを貰いながら、俺は大きな感謝を述べた。



 ◇◇◇==side:零斗

 

「……故障は本当に治ったんだね」


 僕の視線の先。元哉とは真反対のコース。

 僕は、ウォーミングアップとして身体を動かしている鳶瑞 博武の泳ぎを見ていた

 少なくともどこか痛めているようには見えない。

 本当にあいつは戻る気なんだ、この水泳部に。そう思うと嬉しくなるが、同時に少し残念でもあった。


「仕方ないことなんだろうけど……やっぱり直視しづらいな」


 可能な限り確かめるために手元のストップウォッチで博武のタイムを計った。

 その結果は重い空気を言葉に乗せてしまうもの。


 博武のタイムは――以前よりも遅かった。

 

 元哉同様に、僕も博武との付き合いは長い。

 だからあいつがどれだけ上手く泳げて、どれだけ皆の期待を背負っていたかはわかっているつもりだ。


 ソレが、博武を気負わせてしまった事も……。

 博武があんなに好きだった水泳から離れてしまうキッカケを作ってしまった事実もだ。


 それでも復帰を望んだと知った時は本当に嬉しかった。

 元哉が納得しないのもわかっていたので、こんなイベントを――僕らが事ある度に昔から何度も繰り返してきた勝負を提案したりもした。

 少し……いや大分博武には不利な状況だろうけども。それはまあ、しばらくの間ロクに顔もみせなかった分と随分派手で可愛い女連れできたツケとして許容してもらおう。


 それに……。


「博武なら、もしかしなくても――」


 どうにかできるんじゃないかと考えてしまう。

 それだけの物をあいつは持っているはずなのだからと。


 以前と比べても随分のびのびと泳ぐ。

 そんな勝負前のひと泳ぎを終えるであろう博武に合わせて、再びタイムを計った。


 そして密かに驚く。

 表示されたその数字の羅列は――――あいつがさっきよりも速くなっていると示していたから。


「……それじゃあそろそろ! 博武と元哉はスタート位置の方に集まってくれ!」


 これは、もしかすると、もしかするかもしれないね。




 



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