第37話:勝負は個人メドレーで
零斗の声に従って、俺と元哉はコースのスタート位置へと集まった。
俺の後ろに愛奈とゴリクマさんが立ち、元哉の傍にはマネージャーがいる。
零斗とコーチは中立として俺と元哉の間に、九錠先生も似たようなものだがいつでも愛奈を抑えられるようにややコッチ寄りか。
他の水泳部員達は概ねプールサイドの空いているところに陣取り、固唾飲んで見守っている中で零斗がゆっくりと前に出た。
「それじゃあ、これから博武と元哉の勝負をしよう。種目は僕らにとってはお馴染みの二百メートル・個人メドレーだ」
「個人メドレーって……あの全部泳ぐヤツデスよね?」
こないだまでカナヅチだった愛奈の素朴な確認に対して、零斗が一瞬意外そうな表情を浮かべたがすぐに柔和な笑みで対応した。
「博武の彼女さんの言うとおりだよ。個人メドレーはバタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、自由形を一人で順番に泳ぐ競泳種目で、二百メートルの場合は五十メートルをそれぞれの泳げばいいんだ」
「エ”ッ、あたしには絶対無理デス……間違いなく溺れ死にます。先輩、どうかご無事でいてくださいネ?」
「安心しろ愛奈、溺れ死ぬ事はまず無いから」
「足つるかもしれないデショ!? あ、でもでも、先輩が溺れちゃったらこの愛奈が人工呼吸で一発蘇生してあげられますね。どうぞ遠慮なく沈んでください♪」
それは俺の敗北を意味するのだが、コイツはそれでいいのか?
「博武は随分愛されてるんだね。正直こんな時に惚気るなんてすごいなぁ」
「俺にそんな気はサラサラ無い。零斗、コイツの発言を拾うと話が進まないから当分はいないものとして扱っていいぞ」
「え~~、先輩のイケズ~~」
無駄に密着しようとしてくる愛奈を手で遠ざけていると、元哉の隣にいたマネージャーが「くすくす」と可笑しそうに笑いながら元哉に何事か耳打ちしていた。元哉が「アホか!」と叫んだあたり、私もああいうことしてあげようかとでも言ったのかもしれない。
「まあ、スタートするまで何をしてるかはお互いの自由さ。それじゃあ今から十分後に開始しよう。判定は僕とコーチが公平にやるよ。二人共、異論はない?」
「ああ」
「おう!」
「あのさ、相手を威嚇しろなんて誰も言ってないからね? 特に元哉」
「してねえんだが?!」
その威勢のいい声と睨みが威嚇以外のなんだというのか。
今にも俺を喰い殺しそうな元哉は、獲物を狙う鮫のようだ。
こういうところは……ほんと昔から変わらない。
「今回は絶対にオレが勝つからな! 覚悟しやがれ博武!!」
「ああ、楽しみだな」
一応スポーツマンらしく握手をするために出したオレの手を、元哉はバチーンと思いっきり叩いて踵を返した。ふつーにヒリヒリする。
「え、今のは普通に勝負前の攻撃なんジャ? ひろむん先輩、審判にペナルティを申請しましょう!」
「いや別にいいし。大体ペナルティって何をどうするんだ?」
「ガチャ●ンみたいな着ぐるみで泳ぐとかイケませんかね♪」
斬新かつ爆笑するであろうチャレンジもといペナルティだが、元哉が悲惨だから却下である。
愛奈の戯言はさておき、開始まで十分間ある。
待ち続けるには多少長く、何かするには短い時間だ。ゴーグルやキャップに異常がないのはチェック済である。
ならば、他にしたい事といえば何があるだろうか。
ふとそう思った瞬間、すぐそこにいる愛奈が目に入った。いや、さっきからずっと近くにいるので当然といえば当然なのだが。
この際だから、コイツに協力してもらおう。
「愛奈、ちょっとついてきてくれるか」
「はいはい♪ 先輩のバイブステン上げのためならウェーイしちゃいますよ♡」
よくわからん言語を口走る愛奈をつれて、俺はプールサイドをコースの半分ぐらいまで移動する。
「お前のことだから、きっと俺達が泳いでる間ずっと応援するんだろ」
「モチのロンです♪ いーーーっぱい応援しちゃいますヨ」
「わかった。それならココか、もしくはさっきまでいた辺りから応援するのがいいと思う」
「どしてデスか?」
「ココの場合は、大体プールの中間地点だから。きっとお前の声が安定して聞こえつづけるし、全体を見通しやすい」
「ナルホド?」
「スタート地点だと、ゴールするその瞬間も近くでしっかり見届けられる。スタートとゴールは同じところなんだ」
「なるほど!」
水泳部のプールは五十メートルプールだが、仮に二十五メートルプールだったとしても個人メドレーのスタートとゴールは同じ場所だ。
「どっちにするかはお前の好きにするといい。ただ、俺達に合わせてプールサイドをダッシュして行き来するなんてのは止せ。シンプルに危ないし、みんなの邪魔になるからな?」
「あいあいさーデスよ♪ でも、どっちにするか迷いますねェ」
「ははは、迷え迷え」
「……せんぱい、なんか楽しそうですね?」
不意にそう尋ねられて、少しハッとしてしまう。
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