第6話:めちゃくちゃあたし好みの身体をしてる先輩がテンション爆上がりする泳ぎを見せつけてくれたせいでハァハァしちゃう件!
エース師匠なる謎のあだ名をつけられはしたものの、水泳教室は滞りなく進んでいた。ただ、俺個人からすれば非常に苦戦してると言わざるをえない。
子供とはいえ誰かに泳ぎを教えるのは簡単じゃない。同じ水泳部の連中であれば気兼ねなく指摘もできるが、今回の生徒はギャル1名を除いて子供ばかり。
つまり、説明ひとつするにしても『どう言えばどう伝わるか』を年差による異なる理解度を考慮しなければならないのだ。
実際問題、俺が普通に教えたつもりでも、
「両手を前に出した姿勢を基本として、そこからバタ足だけで効率よく泳ぐためにはとにかく足を上下に大きく動かし、そこにある水を真後ろに押し出すイメージで――」
『エース師匠~、何言ってんのか難しくてよくわかんないよー』
『もっと簡単に速く泳げる方法ないのー?』
などと言われてしまうわけだ。
こうなると、ゴリクマ先生(?)が用意してくれた水泳教室のタイムテーブル表のありがたみが凄まじい。ゴリクマ先生、感謝します。会う機会があれば全力でお礼させてください。
で、だ。
くやしいことに、もうひとり深く感謝しなければならないヤツがいた。
「なるほどー、じゃあまずはあたしから行きますねー!」
「え? おっきい姉ちゃん、今の説明でわかったの?」
「わかるわかる。つまりね――で――って事なわけですヨ」
「すごーい! おっきいお姉ちゃん、先生みたーい」
「うんうん、エース師匠の指導はちょーーーっとレベルが高いけどね。でも、ちゃんと皆がもっと泳げるように考えてくれてるのは間違いないわけ」
「「「おおーーーー」」」
最もスムーズな進行の妨げになるのではと懸念していた愛奈によるまさかのナイスフォロー(通訳)が炸裂。俺の教えたい事が子供達に上手く伝わるという謎現象が起きてしまう。
その恩恵はすばらしく、俺に対して「こいつ大丈夫かよ」的な疑念を持ち始めていた生徒らは嬉しそうに二十五メートルプールを泳ぎ、また泳ぎ、確実に上達していったのだ。
さらに、俺がその様子を半ば呆然として眺めていると、
「……ふっ、まだまだエース師匠にはお子ちゃまの相手は難しいようですねェ?」
コースのスタート地点まで戻ってきた愛奈によって、大変ムカつくドヤ顔煽りをかまされる始末。だが、言ってる事は正しいので反論もしづらい!
「そういうお前は上手に相手をしてるよな。実は中身が同レベルだと話が通じやすいとかあるのか?」
「むむっ、それは聞き捨てなりませんね。あたしのどこがあの子達と同じだっていうんです、カ!」
ここぞとばかりに、愛奈が横からビトッと密着。俺の片腕がその大人顔負けのボディに備わった巨乳にがっちりサンドされてしまう。
「おまッ」
「あー、先輩ってばやらしーんだからぁ♡ ほらほら、全然あの子達と違うでしょ? まさか未成熟なツルペタボディが好きなロリコンだなんてカミングアウトしませんよねぇ?」
俺の名誉のために白状したい。
間違いなく、胸はデカければデカイほどイイ! と。
口にしたら最後。ドン引きされるから絶対に言わないが。
「すまん、今のは全面的に俺が悪かった。……その、できればどうやったら子供達に上手く伝えられるのか教えて欲しいんだが」
「もおー、先輩は真面目さんですね~。そもそも先輩は誰よりも泳げる人なんだから難しく考えなくていいんですよ」
「意味深にいいながら背中を撫でるのは止せ。……で、どういう意味だ」
「その引き締まった筋肉から発するオスパワーを、みんなに見せましょう。そうすればイチコロですよ♡」
なぁ、愛奈よ。
それほんとに水泳の話なんだよな?
◇◇◇
そのままでは何を言いたいのかよくわからない愛奈の助言を根気よく掘り下げた結果、俺はクロールの時間で行動を起こした。
ピーーッ、ピーーッとホイッスルを数回吹いて、各コース別に泳いでいる子供達の注目をこちらに向けさせる。
「みんな、次はクロールの練習にし――」
「みんなーーーー!! その前にエース師匠が本場の泳ぎを見せてくれるってーー! だから一回プールから上がろっかー♪」
俺の指示をかきけして、愛奈が元気よく叫ぶ。
すると、
『本場の泳ぎだって!』
『なになに』『なんだなんだ?』
興味津々な子を皮切りに、わちゃわちゃもせずにすんなりと全員がプールサイドに移動する。
「愛奈お前なぁ。なんだよ本場の泳ぎって……」
「真のマッスルフォームから繰り出される秘技“アルティメットツナ”の方が良かったですか?」
誰が究極のマグロだ。
なんてツッコミをする間もなく、生徒達は俺の周りに集まってきた。
……ええい、こうなったら乗っかるしかない。
「……先に、俺が見本になってみようと思います。何か質問があれば終わったあとに答えるから、まずはちょっと見ててください」
半信半疑な感じの子供達を座らせてから、俺は愛奈にホイッスルを渡した。
「スタートの合図をしてもらえるか?」
「お任せあれ♪」
ゆっくりと、俺はど真ん中の第三コースのスタート位置につく。
ちゃんとした台があるわけではない。けれど、久々にその場所に立ってみると、しばらく感じていなかった感覚が蘇ってくるようだった。
泳ぎにうちこんでいたあの日々を、身体は決して忘れたりなんかしていないのだ。
同時に、怪我で水泳から離れざるをえなかった不安も。
「ふー……」
大きく深呼吸をして気持ちを整える。
……大丈夫。大会を不意にした怪我は、ほとんと治っているはずなのだ。
何も全力でタイムを伸ばしに行くわけじゃない。
ただ、泳ぐのはこんなにも楽しそうなものなのだと、こう泳げば上手くいくのだと。皆にわずかでも伝えられればそれで……。
「ひろむー先輩」
声をかけられた方へ顔を振り向かせる。
「無理にかっこつけないで、好きにやりましょ♪」
その励ましが、気負い一切なしの無邪気な言葉が、
不思議と俺の内側に溜まっていた重いものを軽くした。
――――ああ、そうか。
俺は、誰かにそう言ってもらいたかったのか。
まさか会って間もない後輩に行って貰えるなんてな……。
こんな気持ち、久しく忘れていた。
やっぱり、俺、
泳ぐのを止められない。
水泳が、好きだ。
「それじゃあいきますよー。よーい……」
愛奈のホイッスルがピッ!! と鳴く。
それに合わせて、俺の身体は滑り込むようにプールへと飛び込んだ。
◇◇◇
「え!?」
あたしよりもずっと泳ぎの上手な、水泳教室で一番泳げる子が真っ先に驚きの声をあげた。他の子達の声がそれに続き、みんなが食い入るように先輩の泳ぎを見ているのがよくわかる。
どうしてあんなにも綺麗な形で飛び込めるのか。
無駄をまったく感じさせずに、泳ぎ始められるのか。
全身のフォームは乱れることなく、先輩の身体が最適な形でグングン前へ前へと進んでいく。あっという間に二十五メートルを泳ぎきり、おまけに向こう側で華麗なターンを決めていく。
その姿は水中で生きる大きな魚のようで、
なにより、間違いなくこの場にいる誰よりも速い。圧倒的に。
「わあ♪」
思わず笑みがこぼれた。
フェチのあたしじゃなくたって、わかる。
今の先輩は――とびっきりイケてるスイマーなんだって。
あっさり五十メートルを泳ぎおわり、満足そうにプールからあがる。そんな先輩が大興奮している子供達に取り囲まれるまであと何秒かかるだろう。
そこにあたしの場所があるのなら、いの一番に褒めてあげたい。
そしてその暁には……これみよがしに最高にあたし好みの筋肉を愛でよう。
それはもう念入りに、だ。
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