第11話

 早馬にて伝令が至り、王都制圧の報告を受け、私は護衛の千人隊と共に急ぎ向かった。伝令は、「副将が王太子府で待っており、ご案内するよう、命じられて来ました」として、私たちを先導した。


 予想に反して、お2人は王城の城門にも、王太子府の門にも出迎えに来なかった。

 もしかして、どちらかが大怪我したのだろうか?

 ふと不安になり、案内の者に問うと、


「私は千人隊長にそこへ案内せよと命じられたのみです。副将には会っておりませぬ」


 と当てにならぬ返事しか帰って来なかった。




 私はようやく、お2人が待つという一室にたどり着いた。その部屋の前にでさえ、出迎えてはもらえなかった。よもやと想い、急ぎ中に入ると、この惨憺さんたんたる様であった。


 王太子とヒロイン――ゲームでは私はまさにこの娘としてプレイしておったのだが――が殺されておった。


 しかも尋常なやり方ではなかった。


 惨殺であった。


 武術の達人のお2人なら、殺すにしろ一刀の下に、痛みをできるだけ与えずになしうるはずだった。


 いずれにも、長く激しい痛みを与えることを目的とした殺し方であった。よほどに恨みを持つ者しかなさぬ殺し方であった。


「殺すなって言ったじゃない」

 私は怒った。

「2人には恩赦おんしゃを与えるつもりだったのよ。だって、ここでは、私が来たから、エリザベトはひどい目に会っていない。こんなことをするなんて」


 お2人は私の姿を見て、前に来て、ひざまずいた。通常そこまではせぬお2人ではあったが、命令違反の認識があるゆえであろうか。


 恐らく着替えたのだろう、その軽武装姿はまったく汚れていなかった。他方で、こちらも洗いはしたのだろうが、その顔や手には血の跡らしきものがこびりついておった。


 珍しく――いや、多分初めて――チイねえが、私の言葉をさえぎった。


「我ら2人が願うは、エリザベト様の御心みこころに沿うことのみです」


(それでは乙女ゲームには勝てないのよ。殺してしまったら、相手の出方が分からなくなるのよ)


 私はまた怒った。


「どうして分からないの」


 2人を想いっきりひっぱたいた。


 こんなこと、人生で初めてであった。


 私の手の平も、お二人の顔にこびりついた人の血で赤く汚れたが、気になんてしてられない。


「そのエリザベトは私じゃない。何で私の命令を破っておいて。私の御心みこころなんて・・・・・・」


 私は1つのことに想い当たる。


 私が抱く疑問。


『エリザベト。あなたはどこに行ったの?』


『エリザベト。本当は何があったの?』


 その答えを知る者が、ここにおるのかもしれない。だから、私は問うた。


「あなたが言っているのは、本当のエリザベトのことなの?」


「はい」


「エリザベトは・・・・・・」


 私は心中に抱いておった、ありえたかもしれぬエリザベトの悲惨に心を占められた。その余りのおぞましさに口に出すこともイヤだった。だから、ただ、こう言った。


「エリザベトは敗れたのね」


「はい。詳しくお話しましょうか?」


「いいえ。いいわ。大体、分かるから」


 考えるだけでおぞましい話。


 それを実際に経験した者の身近におる者から――しかも親愛なる心を持って仕える者から聞くなんて。


 そして、それを言わせるなんて。


 御免こうむる。


 それを話さねばならぬチイねえは、私以上に辛いに決まっている。


「それじゃあ、お2人は・・・・・・」


「私たち2人もエリザベト様と共に処刑されました。ただ気付いたら、こちらに転生しておりました。

 私たちは、エリザベト様もおられると知り、ほっと安心しました。しかし、何ゆえか、エリザベト様は前世の記憶を持っておられぬご様子」


「1つだけ教えて。

 父上も処刑されたの?

 そして父上も転生したの?」


「公爵様も一緒に処刑されました。そればかりか、公爵領の住民の多くが、進駐した国軍により虐殺されました。我らの謀反の罪科が確定する前のことでした。

 ただ、その中で転生したのは、我ら2人のみのようです。公爵様にも、何度か、それらしき話をしてみましたが、不思議そうな顔をされるばかりでした。

 実際、処刑されたとの記憶があったならば、もっと王太子を憎んでも良さそうなもの。それが、あらゆる場面で、エリザベト様にうかがってからとおっしゃられる始末。

 何ゆえか、エリザベト様もまた転生しておらず、その御判断に委ねることになってしまうのかと、ならば、先と同じになってしまうのかと、我々は、時に忸怩じくじたる想いを抱き、時に地団駄を踏んだものです」


 私はくらくらした。

 本当にくらくらしたのだ。

 そこで意識を失った。




 気付いたら、私はある館の一室におった。恐らく、お二人が介抱して、ここに運んでくれたのだろう。私を世話してくれる女性まで付けてくれておった。


 おばさんだった――繰り返しになるけど、私もやはりおばさんだ。


 公爵家の召し使いさんを想い出す。元気にしているかな?


 そして、こちらに転移して来た頃のことを想い出す。ラブレター探しなんてやってた。見つかる訳がない。アホウな私。


 そしてエリザベトのことに想いが至り、私の目に涙があふれた。


 おばさんが「お嬢様。大丈夫ですか?」と問う。


 私は涙にくれながら、頼んだ。


「ええ。大丈夫。心配ないわ。

 でも、心を落ち着けたいの。

 だから、2、3日、人が訪ねて来ても、取りつがないでくれる。断って欲しいの」

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