第30話

 案内されたのは大きな白い天幕。それでも近くにある、とても大きな天幕に比べれば、二回りほど小さい。


 案内した従者によれば、王族が賓客ひんきゃくを歓迎するのに用いる天幕とのこと。


 金箔なの? 内側の柱は黄金色をたたえておった。


 そして床には分厚い絨毯じゅうたんが敷かれており、様々な絵柄が織り込んであった。


 そして天幕の内側――その側面には金糸銀糸を含めたたくさんの色糸を用いて、これまた様々な図柄――鹿、狼?、虎かな?、あれは象――鳥もたくさん、そして花や草木も――太陽や月、お星様――それに竜や鳳凰の如くの幻想の生き物までが刺繍ししゅうされておった。

 まるで日本の着物を切り貼りした如くの絢爛けんらん豪華さである。

 更には、その生地の色が薄ければ、外からの光を透し、濃ければ、さえぎりと、陽光までもその美しさにいろどりを添えるならば、

――まさに、どこの世界なの?

――夢見心地そのものの現れ、

 とさえ言って良かった。


 ただ、もちろん、それに誘われるままに――私はこれに陶酔することは許されておらなかったし――私自身も己にそれを許す気はさらさらなかった。


 その中央に、囲炉裏いろりらしきものが見える。そのすぐ近くにテーブルとイス2脚があった。さらにその側らに一人の男。


 あれがアンドラーシュ。


 私はその前に進もうとする。無論、私は勢い込んでおった。この男をエリザベトの美貌で籠絡すると。


 そして二人きりで会わせてくれと頼んだのは私の方から。相手がそれに応じ、まさに私が望んだ通りの状況であった。


 とはいえ、私の中身は、あくまで人生でろくにモテたことのない百花ももかである。どうにもヒザが震えて、一歩が出せなかった。下手に出せば、そのままつんのめって転びそうである。


 スカートをひらりとさせて、前転してからの自己紹介? いかなお茶目な私でも、そんな挨拶、これまでしたことないぞ。


 ウン?

 

 なんか、既にパニクってないか? 私。


 すると、相手の男がれたのか、こちらに歩いて来る。私はこれ幸いと、ひざまずこうとする。正直、立ち続けることさえ難しかったのだ。


 相手は皇子。国は違うとはいえ、私はあくまで公爵の令嬢。間違いなく、相手が上。礼に従う、正しい挨拶のはずだ。


 ところが、なぜか、相手は私の両腕をがっちりとつかみ、その動きを止めた。


(なになになに)


(うそうそうそ)


 私の内に王太子の親友に腕をつかまれた時の恐怖がよみがえった。

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