第31話

 ただ相手は私の体を引き寄せようとはしなかった。


 私は何とかひざまずこうとする。それでも、それができぬほどに、相手の力は強かった


 そして、恐らくとんでもない形相をしておったはずの私の顔を不思議そうに見て――それから手を離すと――相手はおもむろに私の前にひざまずいた。


 私は私で、ひたすらしゃがみこもうとしておったから、ストンとばかりに腰を落とし、自分の顔の間近に相手の顔が来ることになった。


 私は私でたまがったが、さすがにこれには相手も驚いたようであり、しばらくポカンとしておったが、ようやく


「ハインツ公爵令嬢。お越し頂きありがとうございます。このアンドラーシュのお気持ちを伝えたく想い、ひざまずいた次第。どうか、公爵令嬢におかれましては、お立ちいただいたまま、お聞きください」


 そう言われ、立ち上がろうとする。本当なら『お見苦しいところをお見せしてしまいました。申し訳ありません』くらい言いたいところである。


 ただ、私はやはりそこでふらつき、想わず前方によろめいた。


 そこには皇子の頭が。


 いけない。

 

 このままでは痴女まがいのことをしてしまう。

 

 私は想わず反転しようとする。

 

 ただそれで、皇子の方へよろめく動きが止まるはずもない。

 

 何と私は、ひざまずく皇子の顔面に見事なヒップアタックを決めておった。


 しかも、とよろめくだけならまだしも、下手に反転したために、タイミングはばっちり。お尻を振り抜いてのそれをぶちかますことになったのだ。


 なになになに。


 このエロ・コメディーを地で行く展開。


 私の暴れっぷり? 一人芝居? ――から態勢を立て直すのに、皇子がしばらく時を要したのは間違いない。


(エリザベトのかわいいお尻であったから良かったものの、転移前の私の尻なら、むち打ち確実よ)


 と相変わらず、心まとまらぬ私は何とか立つを得た。そのために皇子の高貴な頭を手でつかんだような気もするが、


(忘れた振り、忘れた振り、エリザベトは忘れやすいのだ)


 うそうそうそ。皇子が絨毯の上の帽子を拾って、かぶりなおしている。あれって、私がつかんだせい?


 それから皇子はひざまずいたまま、訥々とつとつと、その心の内を述べ始めた。

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