第35話

 私が提案した軍事作戦――その詳細は、アンドラーシュとお二人に任せておった。




 アンドラーシュは、ある1日、風の無い日に私を遠乗りに誘ってくれた。護衛はつけず、二人のみだった。


「そなたは本当に馬乗りがうまいな」


 エヘヘ。そう言われ、想わず顔がにやける。


 ただ晴れておるとはいえ、冬間近である。いや、体感ではもう冬である。知らず知らず鼻水が垂れて来て――これをアンドラーシュに気付かれぬようにしなければ――と必死であった。



 

 私たちは丘の頂きに着いた。

 そこには天幕が張ってあった。

 二人して、その中に入る。


 皇子はその真ん中にある炉に枯れ草を重ね、火打ち石で火を点ける。やがて、それは炭に移って行った。


 それを確認すると、皇子は絨毯――敷きっぱなしなのであろう。かなりぼろぼろだった――の上にフェルトを敷いた。この国の人は、天幕を覆ったりするのや、こうした時に床に敷くのに、フェルトを用いるのだ。


 皇子が座るようにうながすので、二人並んでそこに座る。


 私がたずさえて来た革袋を渡すと、皇子はそこに入れてあるワインを飲む。私に戻し、やはり飲むようにうながすので、私は軽く一口飲むだけですます。


(アンドラーシュには、まだ呑兵衛のんべえだとばれていないのだった)


 私は、もう1つの袋から――こちらにはパンが入れてあり――といって、日本の食パンの如くではなく、中央アジアなどでよくある円形のパン――ピザの生地のようなものを――取り出そうとする。


 しかし不意にアンドラーシュに体を引き寄せられた。


「あっ。お昼ご飯を」


「後にしよう。そなたが欲しい」


(ああ。まったく、このお人は。私があらがいえぬと知って、その言葉をその声で告げるのか)


 私が目をつぶると、それを合図とする如く、私の唇に皇子の唇が優しく重なる。


 そして皇子は、自らの体を私の体に添わせる。服越しであれ、その引き締まった筋肉が感じられる。


「ああ。アンドラーシュ。が美しき獣」


「良き2つ名だ。そなたにのみ、それで我を呼ぶことを許そう」


(ああ。なんてこと。私は想わず心中の想いを口にしてしまっていたのだ。あまりの悦びにとろけて)


 そして、私は余りの恥ずかしさに包まれる。


 私は野生にいだかれるを欲し、私に無きものを、美しき獣を求め続けた。


 彼は果たして何度私を求めたろうか。

 そして私はその度に許した。

 あくまで私はこの言い方にこだわる。


 全てが終わった後。ようやく恥ずかしさも去り、私は目を開ける。そこには、やはり私の顔を見つめるアンドラーシュの顔があり、しかも、その瞳はとろんとしておった。私の瞳もそうであったに違いない。乙女ゲームのバカップル確定であった。

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