第15話 (第1部 完)

 私は転移したのではなく、エリザベトに召喚された。今ではこれを確信している。でも何で私だったんだろうとは想う。


 乙女ゲームの知識を有しておったから?


 うーん。他にもたくさんおったはずである。


 あの孫子の一句を知っておったから?


 うーん。やはりたくさんおるはず。


 ゴリねえに似てるから?


 うーん。そうかもしれない。


 もう一つ、これかなと想えるものがあった。


 私はお父ちゃんと仲が良かった。そして私のお父ちゃんへの気持ちを、エリザベトは知ったのかもしれない。エリザベトはきっと大きな後悔があったんだろうと想う。




 そう想うにも1つ心当たりがあった。


 私の親友である。彼女は、呑むと決まって中学時代に父親を邪険にしたことを悔いるのだった。そして涙をポタリとこぼす。


 私は、そうなると決まってこう言った。


「だったら、今、親孝行しなさいよ」


 親友はきっとなって、「してるわよ」と言って、更に大粒の涙をこぼす。


「私はその中学時代にお父ちゃんを亡くしているのだから。お母ちゃんは数年前に亡くなった。お母ちゃんには孝行したぞ」


 私も泣く。2人とも泣き上戸だった。




 エリザベトは後悔したのだろう、

 ――父上を邪険にしたこと、

 ――そして、恐らく父上の提案を、王太子への恋心ゆえに拒んだのだろうこと、

 ――そして父上も処刑されてしまったこと。




 あの後も実際に何があったかは、私の方からお二人に聞くことはなかったし、お二人が私に話すこともない。それを知るのは、私には辛すぎるし、またエリザベトも私が知ることを望んでおらぬのでは、と想う。


 だからこそ、私にはエリザベトの記憶が無いのだ。


 自身が体験したおぞましき記憶。それに伴う恐怖と怒り。それを私に己がものとして欲しくなかったのだ。


 エリザベト自身がそれに苦しむからこそ、私にその苦しみを与えたくなかったのだ。記憶を共有すれば、その苦しみ・恐怖・怒りとは無縁でいられなくなる。


 もちろん、何か確かな証拠がある訳ではない。私が、そう想っているだけだ。でも、私は、この国の言葉を理解でき、そして文字も読める。また馬に乗ったことが無いのに、馬に乗れた。


 前者はエリザベトの知識を、後者はその経験を受け継いだとしか考えられない。


 そして、私自身は、その取捨選択はしていない。言葉の理解も馬に乗ることも、今回無くてはならぬ知識だし技術だった。それを選んで与えるなんて、エリザベト以外できるわけがない。


 もちろん、神様にはできるかもしれないけど、神様がそんな面倒なことをする理由はない。だって、そもそも私は、その神様を知らないし、信仰もしていない。それゆえ、そんな私に神様が何かの心配りをするはずもない。




 父上を転生させなかった理由は、2つあると想う。


 1つには、間違ったのは父上ではなかったということ――それを証し立てるためであったと想う。そのままの父上でも、十分できると。少なくとも、前の世でエリザベトたちが陥ったような状況は防ぐを得たと。

 間違ったのは、己であったとの深い後悔と共に。

 まあ、私に言わせれば、悪いのは乙女ゲーム。エリザベトは何にも悪くないよ。


 もう1つは――これが1番大きな理由だと想う――父上の心をおもんばかってのことだ。

 仮に復讐を果たしたとしても、それでも転生前にあったことを知るならば、いやしがたき傷を負って、この後を生きることになる。特に己を溺愛する父上にとって、それは耐えがたい。




 そして、父上と私にそれを知らせることなく目的を達するために、チイねえとゴリねえを、全てを知るお二人を転生させたのだと想う。


 そして、己の復讐を託したのだと想う。


 また、それを自覚するゆえにこそ、あのお二人はそれを果たしたのだと想う。そのいずれの時も、チイねえは「エリザベト様の御心に沿う」と言った。それが何よりの証しであろう。


 お二人は、そのもっともいやしがたき記憶をたずさえて、転生したことになる。ただ、自身も処刑されておる訳で、自らの仇を果たす機会を与えられたとも言える。お二人が具体的にどう想われておるかは、分からない。ただ、そのもろもろを引き受けてのこととは想うけど。




 あのお二人とエリザベトがどんな間柄だったか。


 これも聞いていない。


 でも、聞くまでもない。


 あの王太子の友人たちの目論見をしりぞけた日、あの日、お二人が私に見せた表情、あれは親友のイズミが私に見せるのとまったく同じ。


 ホンットに聞くまでもない。


 そして、そのお二人に、私はどんな顔をして迎えたか。今のようになじんでおらぬ、まさに他人の顔で出迎えた。


 でも、こればかりはしようがない。だって、私にはエリザベトの記憶が無いんだもの。




 もし自らの復讐ということを最優先とするなら、私にエリザベトの記憶を与えた方が良いし、父上もまた転生させた方が良い。


 お二人への信頼の深さとも言えるけど、何より私と父上に対する優しき気づかいである。


 父上とエリザベトは良く似ている。

 気づかいさんだ。

 やっぱり父娘おやこだ。


 私が父上ときっとうまくやれるだろう、そう想ってエリザベトは私を呼んだのだ。まあ、ゴリねえに似ているでも、いいけどね。




 まずいな。エリザベトと父上のことを考えていたら、お父ちゃんのことを想い出しちゃったよ。


(父上はやっぱりエリザベトの父上だよ。

 私のお父ちゃんはお父ちゃんだけだ)


 想い出すと、涙が出ちゃうから、想い出さないようにしてたんだけど。


 涙が出て来た。


 エヘヘ。


 ハッピーエンドなのに。


 エヘヘ。


 こうなったら、泣き笑いだ。


(お父ちゃん。会いたいよ。孝行したいよ)


 涙が止まらないや。




 

(第1部 完)

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(完結)悪役令嬢は軍略家――何としてでも私を殺そうとする乙女ゲームの世界に宣戦布告す ひとしずくの鯨 @hitoshizukunokon

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