第41話

 迂回軍がどれだけ必要かと言うことは、お二人と皇子に任せた。実際に王都制圧と王太子捕縛を行うのはお二人だし、軍勢を貸すのは皇子だ。更には、お義父様とうさま・お義母様かあさまの承認が必要なのだろうが、それも含めて、アンドラーシュ頼みだった。


 私は、国軍の主力は公爵領へ向かうはず、とのみ進言するに留めた。


 結局、万人隊となった。これが多いのか少ないのか、私には分からなかった。


 アンドラーシュは、私が共に公爵領に赴くべきだと主張した。てっきり、私の迂回軍同行も、最初に作戦を説明したときに、同意してもらえたと想っておったのだが。どうもそれはそれ、これはこれということらしい。


 確かに、ある意味、当然の主張と言える。私が迂回軍に加わっても、何をなしうる訳ではないとは、私にも分かる。

いたずらに危険なことに身を投じる行いに他ならないとも。実際、皇子には、このように言われ、説得された。

 しかし、これはあり得なかった。ゲームでは、エリザベトは公爵領で捕らえられる。私はかたくなに、迂回軍に同行することを主張した。


 あまりに、私が聞き入れぬゆえか、公爵領へ共に進軍することはあきらめてくれた。しかし、ならば、この国に残れと言う。


 私としては、私自身が――つまり、エリザベトが――迂回軍を率いることそのものに意味があると考えておった。マガツ国に留まるのであれば、確かにゲームと同じではない。しかし同じようなものと想えた。


 私が迂回軍を率いて王都を撃つ。

 これこそが、乙女ゲームが想像だにせぬことであり、これをなしてこそ、乙女ゲームを大混乱に陥れることができるのでは、つまり打つ手なしに追い込めるのではと、考えたのだ。


 私が、自らは前線に立たない、実際に軍を率いるはお二人に完全に任せる、と訴えても、アンドラーシュはなお譲らなかった。


 結局互いに譲らぬ主張に終わりをもたらしたのは、お二人だった。あるいは、痴話喧嘩の如く見えたのかもしれぬし、何よりお二人は早くに出発したがっておった。


「我らと共に赴くのが安全と考えます。

 もし、エリザベト様に何かあれば、わたくしフリードリッヒとレオポルトの首をもってつぐないます。

 一見、この国に留まれば、安全とも想えますが、しかし刺客ということもありましょう。

 どうか、エリザベト様の訴えをお聞き入れください」


 皇子はこう言われて、ようやくうなずいた。レオポルトとはゴリねえのことだった。


(いやいやいや。

 チイねえ。なに、言ってんの。

 ゴリねえも、それで良いというすまし顔で隣におって。

 反対しなさいよ。

 それに、アンドラーシュ。

 なに、うなずいてんの)


 ただ、これを言葉に出すことはできなかった。チイねえの言葉に反対すれば、どうなるのだろう?




 その後、皇子やお二人は、相変わらず遠征の準備に忙しく、私は一人で夕ご飯を食べた。


 その晩、皇子がようやく戻って来た。


 私は、皇子の天幕に転がり込んでおった。チイねえは、私がそこに入るのを見る度に、ニヤニヤしてみせておった。

 どうも、あのニヤニヤはそのスケベ心から来るものらしいと、ようやく気付くを得たのだった。まったく、可愛い顔をして、何を想像しておるのやら。


 それはさておき、大事なことを、皇子に頼まなければならなかった。


「もし、私に何かあっても、お二人は殺さないでね」


 彼はそんなことはせぬ、と請け負ってくれた。


「ただ、あの二人にああまで言われては、断ることはできぬ。それこそ、互いの信頼関係を危うくしてしまう」


 しばらく黙してから、次の如くに続けた。


「あの二人は殺さぬと誓おう。だから、どうか、必ず無事に戻り、我に顔を見せると誓ってくれ」


 ついにアンドラーシュはそんなことまで言う。


(ああ。アンドラーシュ)


 そう想って、顔を火照らしていたら、口づけされてしまった。その後、力強い腕が、私を抱きしめた。そしていつになく、アンドラーシュに激しく抱かれた。


 彼の内にある恐怖――私を失う恐怖が

――そうさせておるのかもしれないことに想い至ると、私もまた、いつになく、身も心も乱れた。

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