第40話
お
その頭には鹿の角を――しかもずい分と立派な雄鹿のそれを――おごった冠をかぶっておった。重すぎるのか、すぐ傾き、ずり落ちそうになるのを、その度ごとにかぶりなおす様は、可愛らしくさえあった。
結婚に対しては、まるで自分にそれをなす資格はないとばかりに、何も言わなかった。ただ、わしも軍を率いて行きたいとだだをこね出した。すると、
「アホウですか。あなたは。息子の戦功を横取りしようとするなど」
と、お
「そのションボリ顔は我への不満なのか」
と更に追い込みをかけられると、急いで、ぶるぶると首を振る。
そのせいで、冠が頭からずり落ちてしまい――更には、ひざまずく私たちのところまで転がり落ちて来ると――無残にも鹿の角は、左右もろともポッキリと折れたのだった。
それを見たお
「仕方ない。あなたはここにいても何の役にも立たぬお人。戦場ならまだ何とかというところ。息子と共に赴くが良い」
「お二人とも赴いては、国の守りが」
と私が言いかけたところで――何の遠慮会釈も無く、むしろ、あえてかぶせる如くの声がした。
「我がおる」
ああ、なるほど、などと私が口にできようはずもない。お
ただお
「公爵とも久しぶりに会いたいしな」
との言葉を聞く。
「父上、いえ、申し訳ありません。父とお親しいのですか?」
「昔、よく猟に赴いたものよ。その時は弓の腕を競ったものよ」
上機嫌のままに、
「しかも公爵はずい分美人な奥方をもらわれて、私はそれを盗み見するのが楽しみで楽しみで・・・・・・」
(何か、地雷を踏んだ気がしますわ。
お
エヘラ、エヘラとお笑いになるお
(おひょー)
まなじりを決したお
「下がってよいぞ」
もちろん、新米の私にそのいきどおりを鎮められるはずもなかった。そして、アンドラーシュもその場の雲行きを感じ取ったらしく、
「せっかく来たのだから、この後、食事でも」
とあわてふためき、誘うお
「実は公爵令嬢は昨日到着したばかり。少し休ませたく想います」
と賢明にもお断りになり、私ともども、その場を去るを得たのだった。
お
(お
まだまだ夫としての修行が足りませぬわ。女には地雷があるもの。妻のそれを知らずして、どうして夫などといえましょう。
そう、『敵を知り、己を知れば・・・・・・』は妻と夫の間にも言えますのよ。なんて、妻にさえなっておらぬ私が言えることではないけれど。
でも、どう? 私の奥様言葉。
何か、ずい分とヘンテコリンな気がする。
それはさておき、この時の解放感ったらなかったの。それほどに緊張するものなのよ。お
んっ。落ち、ちゃんとついたかな?
いえいえ、私はまだまだ新入り。やはり、最後は大黒柱のお
「アヒョーン」
という、何とも形容しがたき声が、大天幕から青空に響き渡っておった。
(きっと、お尻に敷かれたのだと想いますわ。色んな意味でね。それでは、お後がよろしいようで)
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