3-2
「たびたびお邪魔しましてすみません」
いつかのテーブルにつき、同じように頭を下げる。前回と違う点があるとすれば新少年も席についていることだった。
相変わらず顔色は悪いままの佐伯家だったが、生活をする程度の気力は戻ったらしい。というよりも戻さねば気が持たなかったという方が正しそうだ。
佐伯夫妻から聞いた話は前回の話を踏襲したものだった。落ち着いているから起承転結がはっきりしている。そして、一貫して言えることは悩みも自殺の兆候もなかったこと。
新はじっとテーブルの木目に視線を置いている。微動だにせず、うつろな目で。
[新さんはお兄さんからなにか聞いていませんか]
天鬼が訊ねる。全員が新に視線を送る。しかし、彼は頭を横に振るのみだった。
「ごめんなさい。新は引っ込み思案で」
夫人が静かに言った。
[事故の前、お兄さんに変わった様子はありませんでしたか]
天鬼の質問に黙って顔をあげた新。そして、ゆっくりと語りだした。
[健介とは、いつも一緒に登下校してました。でもその日は、ちょっと元気がなくて……どうしたのか聞いたんです]
すると、健介は[今日は一人で行けそうか?]と、申し訳なさそうに言った。いい加減弟の面倒を見るのが疲れたのかとも思ったが、落ち着きのない様子からそうではないらしい。
そう言う時もあるだろうと、先に出ようとすると、たまたま顔を合わせた父に送り出され、結局いつも通り二人での登校を余儀なくされた。
[どうしてそんなことを言ったんでしょうか]
[……]
新はしきりに指を動かし、次の言葉を言いあぐねていた。
[健介は、やさしいんです]
そうつぶやくと、新は言葉を続けた。
引っ込み思案の新を連れてよく遊んだこと。人気者だった健介は常に友達がいたこと。その友達のおかげで聾唖者の理解が深まり学校でもよく声をかけてくれたこと。そのおかげで友達ができたこと。
登下校も、ずっとしてくれていること。中学に上がる前、[もう面倒だったらやめていいよ]と、言えば[新と話すのが楽しいから一緒にいるんだよ]と、断られたこと。
[だから、そんなことを言いだして本当にびっくりして……]
佐伯夫妻はすでに嗚咽を漏らしていた。新も涙目で必死に訴えかけてくる。
[なにか理由があると思うんです。健介なりの]
[他には何か言ってませんでしたか? 事故に関係のないことでも]
色素の薄い亜麻色の瞳から涙がこぼれた。新は涙をぬぐうと少し考え言葉を紡いだ。
[夢でさくらに会ったって言ってました]
「夢……」
天鬼のつぶやいた言葉に碓井はいち早く反応した。やはりここでもか。強く拳を握りこんだ。
[その夢が何か関係あるんですか]
そう訊ねた新の様子はどこか緊張していた。すかさず否定したが、どこか落ち着きのない様子は相変わらず。
[さくらさんというのはどなたですか]
[中学のときの同級生です。健介の]
新がそこまで言うと食いついてきたのは佐伯夫人だった。
[さくらちゃんって、もしかして桑村さん?]
新は夫人の質問に頷いた。
桑村さくら。六番目の被害者だ。歩道橋からの投身自殺で処理をされている。
「PTAで一緒だったんです。家も近所で、たしかA高校に通ってるって聞いてますが……」
そこまで言うと夫人は背を丸め嗚咽を漏らした。その背を撫でながら佐伯氏が口を開く。
「娘さん、あの交差点で亡くなったそうで。健介の少し前だったと思います」
残念そうにそう漏らした。
[夢の話は他に聞いてませんか]
再び新に訊ねる。
[たしか、気持ち悪かったって。言いづらそうでしたけど]
かつての友人を気持ち悪いと言い切るのは確かにそう思っても仕方がない。しかし、なぜそう思ったのか。それを訊ねた。
すると、新は思い出すように少し目を伏せてから顔をあげた。
[真っ暗で、何も見えない場所でずっと通りゃんせが鳴り続けてたそうです]
そして、音の方に近づくと暗闇の中に現れる黒い影。その影は夢を見る度少しずつ近づいたという。そして最期の日、その影が喋った。桑村さくらの顔で。
[何を喋ったんでしょうか]
[それは教えてくれませんでした]
悲しそうに言い終えると新は思い出したかのように言葉を続ける。
[このうわさ、僕の学校でも一時期話題になったんですけど、通りゃんせってなんですか?]
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