3-3
来栖たちが訪れたのは小さなアパートの一室だった。
宮内誠二。スポーツカーの持ち主は出てくることはなかった。すでに退院済みだと聞いていたが不在の様子。どうしたものかと困り果てていると声をかけてくる老婆がいた。
「ここの人ならしばらく帰ってないよ」
アパートの大家だと思われる女性は怪訝そうに言った。
「そうなんすか。大変ですねぇ」
「大変もなにもありゃしないよ! 夜逃げ同然でいなくなってこっちはいい迷惑さね。ろくに水道代も払わないかと思えば、結局あんたらみたいなのが来るし、まったく!」
どうやら借金取りか何かと間違われているようだった。来栖と櫟原ではそう思われても無理はない。今にも「帰れ!」と、叫ばれてもおかしくはない。
「大家さん、僕たち役所の人間でして」
「役所だぁ?」
まったくもって信用されていないのは確かだった。しかし、二人の着るブルゾンをいぶかし気に見ると少しは納得したのか、相変わらず怪訝そうな顔で睨みつけた。
「宮内さんはいつごろからいなくなったんですか?」
「さあね。退院したばっかで大変だろうからって顔見に行ったらもうすでにいなかったよ」
だとすると相当時間が経っている。
「……変わった様子はありましたか」
「あんた口ついてたのかい」
自分の倍以上あるであろう来栖に臆することなく口を開く。
「そうさなぁ、帰ってきたときはふらふらだったから心配したくらいで、そのあとは見てないね」
困った様子でそう言った。だとすると間を置かずに何か事件に巻き込まれた可能性もある。
「本当に借金取りが来て連れていかれたとか……?」
櫟原がそんなまさかと言ってみる。
「それはないね。そんな奴見たことなかった。あんたたちが来てやっとかと思ったくらいだよ」
次いで「出てった様子もなかったんだけどね」と不思議そうにつぶやいた。
大家に礼を言い、アパートを離れた。
「結局収穫なしかぁ。どこ行っちゃたんだろう」
困った様子でぼやく櫟原。とはいえ、巡視後のお使いだからあとは帰るだけかと社用車に向かおうとした時だった。
「……すぐ煉獄行くから」
「へ?」
指さした先には公衆電話。来栖は「……つないでくれる?」と、櫟原に依頼した。
見慣れたアパートが赤い空のもとに建っている。大家はいないが築年数が長いため色々なところで影がちらついている。澱にもなり切れない思念の残穢だった。
「気味悪いっすよ」
「……仕方がない」
宮内氏の部屋の戸に手をかけたときだった。
「あっれぇ? 奇遇じゃん、何してんの?」
聞きなれた陽気な声がした。二人が振り返ると、手を振る波羅と佐藤が立っていた。
「行く先々で澱の痕跡があるんやけど、なんかスタンプみたいになってて」
「なんかでっかいコーヒー豆みたいな」
波羅が指で輪を作りサイズを表してる。相当大きいようで「なんかの足跡だと思う」と、波羅は言った。
「来栖隊はどうしたの? この部屋に何があんの?」
「……宮内誠二」
「だれぇ?」
例の事件のスポーツカーの持ち主だと言えば二人して「ああ!」と手槌を打った。
「今から突入ってことね。私たちも見ておこう」
「確かに盲点やったわ」
来栖は再び戸に手をかけた。
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