3-4

 汗がにじみ出るほどの熱風。漏れ出てきた空気を吸い、思わずむせ返る。

 粘膜を刺激するほどの腐臭。一同は口許を覆った。

「やばくないっすか! これやばくないっすか!」

 櫟原が叫ぶ。真夏の部屋。ここまでの悪臭で最悪の事態を想像しない者はいない。

「……波羅ちゃんたちどうする? 待つ?」

「行くに決まってるっしょ。時ちゃんは?」

「私も」

 来栖の気遣いなど無用と言わんばかりに言い切った。不測の事態など通常運転といったところだ。

 佐藤は式神で簡易防具を顕現する。波羅はそれに加護をかけた。

「応急処置程度やけど、多少は楽になると思います」

「……俺、波羅ちゃん、佐藤さん、櫟原君の順で入るけど、いい?」

 それぞれ頷き、宮内誠二の一室へ侵入した。

 玄関すぐ横にはキッチン。そのすぐ横にはユニットバスの扉があった。どれも澱で薄汚れている。部屋は綺麗とは言い難く弁当の空き箱や空き缶、衣服やゴミが散乱していた。

 そして最奥、カーテンの閉め切られた部屋に横たわる人型。にじみ出た体液が床にひろがっている。それ以外、脅威になるものはなさそうだった。

 波羅はすかさずその横にしゃがむと両手を合わせる。数珠がこすれ合う音がした。櫟原に至っては今にも叫びだしそうだ。

「だいぶ経ってるね」

 もう形などとどめてはいなかった。たるんだ薄膜にドロドロしたものが入っているだけだった。その表面は漏れ出た体液でぬめっている。

「この人が宮内さんっすか?」

「と、考えるのが妥当だね」

 部屋の隅で一歩も動けない櫟原が何とか訊ねた。判断材料はない。

「ご遺体どうします? 式神で持ってくことも可能ですけど」

「……とりあえず、現場保管の術かけよう」

 この状況を現場だけで判断するには難しかった。

「……かなり、事件性が高いから」

 来栖がそう言うのも無理もない。遺体には頭がなかった。無理に引きちぎったのか引き伸ばされた首の皮が垂れている。

 来栖たちは術をかける準備を始めた。それを見学してもいいが、まだ櫟原には使用許可の出ていない術だった。外の空気でも吸うかと開いた玄関を見る。四角い枠の外からは影たちが中を覗き込んでいる。野次馬精神は死んでも治らないらしい。あの連中とゆっくりするにも落ち着きそうもない。

 やれやれと視線を部屋の中に戻した。ユニットバスの扉。少し開いた隙間から黒い影がこちらを見ていた。

 絶叫とともに後ずさる櫟原。尻もちをつき下半身が澱で汚れた。

「櫟原君? どうしたん?」

 佐藤が駆け寄る。来栖と波羅は戦闘態勢だ。

「かっかか、顔が!」

 硬直した指をユニットバスへ向ける。体の芯から震えが止まらない。

 指をさされている間も、奴は暗闇の中からこちらを覗いていた。

 刺激せぬよう、そっと近づく来栖。波羅も後を追いかけた。内開きの戸をそっと押す。ひどい悪臭がさらに増すのと同時に、灯が入り込み影の正体が浮き彫りになってくる。

「……これ」

 洗面台に乗る牛の頭だった。

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