作者
4-1
来栖たちがアパートで見つけたものは溶けかかった宮内誠二と同じく溶けかかった牛の頭だった。どちらも腐敗がひどく、宮内誠二には頭がなく、牛には体がなかった。
「DNA鑑定の結果、宮内誠二とみて間違いないそうです」
相当気味が悪かったのか、当時を思い出し青ざめた顔で櫟原が言う。あの後、臭いがつくからという理由で、社用車はその場に置いて全員徒歩で帰社した。その道中、グロッキーになった櫟原を笑っていたのは波羅だった。
「この事件の発端と見ていいんでしょうか」
天鬼が訊ねると、バックミラー越しに来栖と目が合う。ゆっくりと頷いた彼は、ゆっくりと口を開く。
「……時間の経過からみても、なにかしろ関係していることに間違いはない」
「時間の経過って言ったってあれじゃ死亡時期なんてわからないじゃないっすか」
こみ上げるものを押さえる櫟原に「……吐かないでね」と、釘をさす。
来栖がサイドブレーキを引くなり、櫟原は車を飛び出し、事務所に駆け込んでいった。未だ死体を見ぬ天鬼も今後を想像して青ざめざるを得なかった。
事務所の扉を開けるとひんやりとした空気が心地よかった。うるさい蝉の声も遠ざかる。
「あら、お帰りなさい。天鬼さん、お客さんだよ」
ペットボトルのお茶を持った武塔がそれだけ言うと応接に吸い込まれていった。えらくゆっくりとした口調で何かを話している。天鬼もそれに続くとソファに座る白シャツ姿の新少年がいた。
どこか緊張した面持ちの新は視線を泳がせ落ち着きがない。膝に置いた掌はスラックスに皺を寄せる。
[今日は暑かったでしょう]
いきなり何事かと訊ねてもいい。しかし、まずは彼を落ち着かせることが最優先だと考えた。彼の額に浮かぶ汗はただの汗ではない。そう感じていた。
[はい]
[ここまではどうやって?]
[バスに乗って。……名刺をもらったので]
そう言って、彼はワイシャツの胸ポケットから名刺を取り出す。前回自宅に訪れた際、渡したものだった。「なにかあれば連絡を」と、伝え。
[学校帰りですか? 保護者の方には?]
[少し居残りをすると伝えてあります]
ということは、知られたくないことなのだろう。天鬼はついに核心に触れた。
[なにか、あったということですね]
新はゆっくりと頷いた。
少年が語ったのは、夢のうわさだった。三日間の悪夢を見る。自分もそれに該当しているかもしれない。しかし、彼の話には続きがあった。
[……兄が、話しかけてくるんです]
指先を震わせ語った。
[最初は真っ暗だったんです。夢だと気づかないくらい。その次は、遠くに何か見えて歩いていったんです]
そして、三日目。たどり着いた先に兄、健介がいた。
[話しかけてくるって? お兄さんが?]
[内容はわからないんです]
彼はすでにいっぱいいっぱいで、胸の内があふれぬよう押さえるのにやっとの様子だった。
仲のいい兄弟、死んだはずの兄が夢に出てきたら誰しもがそうなるだろう。
[口の動きが小さくて読めないんです。それに……少し怖くて]
[夢の中でお兄さんは手話をつかわないんですか]
今まで通りに会話をしたらいい。しかし、様子のおかしい兄は喋ろうとしない。不親切に口先のみを動かすだけだった。
天鬼はそう思っていた。
しかし、少年は首を横に振ると、とうとう泣き出してしまった。頬をぬぐえど、あふれる涙は止まらない。身を震わせ嗚咽を漏らす。それは、故人を悼んでいるわけではない。体の底から湧き出る恐怖に怯えていた。
[だって、兄には手がないんです……!]
会話をする手指も、動かす体もないという。頭だけで語り掛けてくるのだと。
[目もうつろで合わないし……夢を見る度近づいてくるんです。周りにも何か、]
[待ってください。夢は三日目ではないんですか?]
天鬼はつい遮り、新に訊ねた。震える少年は頷き「一週間経った」と、言う。天鬼は思わずソファから立ち上がった。所長に相談するべきか。事態は急を要する。今対処できることはなにか。そもそもイレギュラーに対応できるものなのか。これまでの前提が覆された。
しかし、共通する部分もある。解決するヒントはその中にあるはず。天鬼は深く呼吸をすると再びソファに座りなおした。
[新さん、そのお話を詳しく教えていただけませんか]
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます