4-2

 一日目、気が付くと黒の世界にいる。ここがどこかと歩いてみるも果てはなく、延々と続く黒。

 二日目、遠くに何かあるのを見つける。それに近づき歩き続ける。しかし、距離は縮まらなかった。

 三日目、気が付くと歩いていた。昨日の続きだとわかった。その瞬間ひどく疲れたような気もする。しかし、目標はすぐ近くにあった。黒の世界にある健介の頭だった。その頭の顔色は悪く、目はうつろで、生気がない。しかし、健介はしきりに口を動かしていた。

 四日目、健介の首がぷらぷらと揺れ動いていることに気づいた。口の動きに合わせ小刻みに揺れていた。

 五日目、健介の頭は何かにくっついていることがわかった。黒の世界に溶け込みわからなかったが、黒い毛並みの生き物だということがわかった。乗っているわけではない。くっついていた。それが取れかかっているのだと気づいた。

 六日目、相変わらず健介は喋り続けている。首は今にも落ちそうだ。ふと気づくと足が濡れていることに気が付いた。水ではない。生暖かい何かだった。そして、あたり一面に何か落ちていることに気づいた。

 七日目、バスケットボール大の何かだと気づいたときに、ようやくそれが毛の生えた人の頭だと気が付いた。老若男女問わず、頭髪は濡れ、顔は真っ赤だった。うつろな目で虚空を見つめている。その中に見慣れた顔を見つけた。桑村さくらだった。健介は言っていた。夢でさくらに会ったと。


 緊急招集された碓井隊も含め、会議机にはN-3の顔ぶれがそろった。

「飯綱さんたちはいいんすか?」

「ちょっと別件でね、情報は共有しておくから問題ないよ」

 作戦は今夜決行。佐伯邸にて新少年のもとに付くのは来栖隊。碓井隊は煉獄にて佐伯邸近辺にて待機。同様に飯綱隊は煉獄、又五交差点にて待機。

「ご両親には、司法解剖で説明したいことがあるとかなんとかでっち上げて、大学病院まで行って夜は空けてもらいます」

 来栖による祈祷で新の夢の具象化を試みる。そして夢内部と煉獄を櫟原が繋ぐ。夢内部に潜む何者かを引きずり出し封印。碓井隊は襲撃があった場合に備える。

「夢と煉獄は実はよく似ていてね。状況によっては地続きになる場合もあるんだよ」

 武塔の豆知識をすかさずメモする天鬼。

 とくに世界の境界を飽和させる能力を得意とする。

「おおよそ辻神が関与しているとみて間違いない。相手は邪神。各自供えておいてね」

 そして、辻神の影に潜むなにか。その正体が未だにわからなかった。

「対象が何者かわからない以上、警戒レベルは引き上げます。装備もそれに合わせて武装してください」

「邪神の思念に引き寄せられたものの可能性もなきにしもあらずですね」

 碓井の言葉に武塔は頷いた。そして、それに反応したのは櫟原だった。

「なんにせよ悪趣味なことは間違いないっすね。牛と人間の頭をばらばらにするような奴っすから」

「……牛」

 なにか忘れているような気がする。そんなことを思いながら碓井はつぶやいた。牛に関する頼まれごとをされていたような気がする。重要度はさして高くないと頭の抽斗の奥に仕舞いこんだような。

「あの……いいでしょうか」

 そういって、しずしずと手をあげたのは天鬼だった。

 一同が注目する中、彼女は手許のメモを握りしめ一つの考察を語りだした。

「牛の頭と、人の体が残っていたと資料にはあるんですが、それで思い浮かんだんです。その二つを組み合わせたものがいるな、と」

 固唾を飲む音が聞こえた。いち早く声をあげたのは櫟原だった。

「もしかして、ミノタウロス?」

 迷宮の王。半身半獣の白き怪物。

「はい、それも考えました。新さんは夢の中から出られないと言っていましたから、その能力があってもおかしくありません」

「でも、夢に閉じ込めるだけなら辻神の能力で充分なわけだ」

 波羅が言った言葉に天鬼は頷いた。「ええ……」と、つぶやきながらへなへなと背を丸めた櫟原を傍目に、天鬼は言葉を続けた。

「事実、牛の頭と人の体はこちらで確保済みです。だとしたら、なくなっている方が問題なんです」

「……くだんだ」

 静謐につぶやいた来栖の声が事務所に木霊した。そして、みるみる内に青ざめていく一同の顔。

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