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「ところで、りり眉ちゃん。君は煉獄に発現するものについてどれだけ知っているかな?」

 波羅が助手席から振り返りながら訊ねる。

「煉獄内にあるものは現世の鏡像、人の想像や思念から生まれます。時間の流れはありませんが人の記憶は上書きされる。なので、あるはずのものが無かったり、無いはずのものが現れたりします」

 誰が言ったか「そのとおり」の言葉で車内は波羅と佐藤の拍手に包まれる。これも研修で習ったことだった。天鬼はちょっとだけ得意な気分になれた。

「つまりは妖怪や都市伝説も、ここ煉獄で発現する。口裂け女とか人面犬とかね」

 そういった類のものは氏神が排除してくれる場合がほとんどだが、澱の影響で氏神が弱体化していると職員が直接処理しなければならない。条件が重なってそういった怪異が現世に現れることもある。その場合も職員が排除する。

「なので、澱を見つけたら逐一処理をおねがいしたいんだ、りり眉ちゃんにね」

 処理道具の使い方や方法、一連の流れは学習済みだ。しかし、まさか初煉獄で初仕事になるとは思ってもみなかった。

 天鬼が緊張で固まっていると吹き出した波羅が相変わらずの鉄面皮で振り返り口を開く。

「大丈夫だって。お掃除するだけだから。わからなかったら聞けばいいし」

 天鬼は無言でうなずくしかなかった。すると、佐藤が天鬼に耳を寄せる。

「天鬼さん、寺生まれのTさんって知ってます?」

「都市伝説のまとめによくあるやつですか」

「そう。波羅さんねTさんの姪っ子さんなんですよ」

 思わず助手席の波羅を見た。まさか創作ではなく史実だったとは。緊張とはまた違った心臓の鼓動がした。天鬼がそんなことを思っている間、波羅はのんきに鼻歌なんて歌っている。

「この話したのもTさんのこと自慢したいからなんです。おかしいでしょ」

 佐藤が肩を震わせくすくす笑うと「シャラップ」と、助手席からヤジが飛ぶ。衝撃的過ぎて笑えてきた。そんな奇想天外なことがあるのか。天鬼がようやく頬をほころばせると「よかった」と、佐藤が言う。きょとんと彼女を見つめる。

「天鬼さん、緊張してずっと真顔やったから。少しは緊張やわらぎましたか?」

 まさか、この話をしたのも自分のためだったのか。そう思い車内を見回す。微笑む佐藤に、相変わらず鼻歌を歌う波羅、バックミラー越しに微笑む碓井と目が合った。

 こんなに優しい気持ちになれたのはいつぶりだろう。天鬼は「ありがとうございます」と頭を下げた。

「凛々しいのは眉毛だけにしろってね。初めて会った時から戦前の武将みたいだったんだもん」

 波羅の言葉に「おかげで少し緊張ほぐれました」と微笑んだ。

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