1-6

「さあ、到着しました」

 碓井が車を停めると、一同そろって車外に降り立った。

 車内の談話である程度落ち着きを取り戻せたが全く緊張していないわけではない。思い出したかのように心臓が暴れ出してきた。緊張で両手を強く握りこんでしまう。両手どころか体中ががちがちになりそうだ。

「天鬼さん」

 固まった肩に柔らかい手のひらが乗る。佐藤だった。

「天鬼さんは私たちの後ろについてください。見ているだけで大丈夫です」

 ただうなずくしかできなかった。

 目前にあるのは一つの民家。門灯の下には煉獄文字になった「蟆乗惠譖ス小木曽」の表札。ここが現世ではないことを実感させる。

「澪さんはこの中です。念のため何が飛び出すかわからないので、各自備えるように」

 碓井はそういって自らの腰に下げた太刀に手を添えた。

「でも脩二郎さ、そんな長物室内で使えないよね」

「ですから波羅さん、先鋒は頼みました。僕は次鋒です」

「そういうことか~」

 面倒そうに先頭に立つ波羅。とはいえ嫌々というわけではない。状況はよくわかっていた。

 波羅が手に数珠を持つと「じゃあ、開けますよ~」と、玄関を開ける。

 波羅、碓井、佐藤、と順番に侵入していく。最後、天鬼が玄関を通りぬけようとした瞬間、視界の端、家屋の角、犬走に影が見えた。なんだろうと顔を向けるよりも早く、影は羽音を立て消えてしまった。

「あの、佐藤さん。今、外で何かの影が。羽の生えた何かだと思うんですけど」

「ああ、氏神様かも知れへんね。そこらへんにおるし、見守ってくれてるのかも」

 確かに、武塔も言っていた。佐藤も言うのならそうなのだろう。ただ、天鬼にはその言葉を信じるしかなかった。


 澪ちゃんの名前を呼び、部屋の隅々まで探す。居間、キッチン、脱衣所、トイレ。しかし、澪ちゃんの姿はない。ならば二階だと、碓井と波羅が上がっていった。

「佐藤さん、時間があればでいいんですけど、さっきの影がいた場所確かめてもいいですか」

「うん、ええけど。どうかしましたか? なにか心配事?」

 天鬼は言うべきか迷った。今さっき氏神だと伝えられたそれがそれ以外に思えて仕方がないのだ。確かめたからと言ってそれが何だったか証拠があるわけでもない。

「黒い鶏っているんですか」

「私は見たことないけど、もしかしたらおるかもしれへんね。なに、氏神様黒やった?」

「確証はありませんが……」

 天鬼がまごついていると「いたよ~」と降りてきた三人。澪ちゃんは碓井に抱きかかえられていた。ふっくらとした頬の血色はいいし、目立つ外傷もない。少し脱水気味なのか元気はないが、久しぶりに見た人間にきょとんと眼を見開いている。

「わあ、こんにちは。はよ帰ろうか」

「かえう!」

 仏頂面二人よりも優しく微笑む方がいいのか、抱っこを佐藤にせがむ澪ちゃん。何もしなくていいと言われたが言葉をかけるくらいできるだろうと天鬼は固唾をのみこんだ。

「澪ちゃん、こんにちは。元気ですか」

 波羅の「猪木か」という言葉を端に、「どうやってここに来たかわかりますか」と尋ねた。すると澪ちゃんは「あんねぇ」とたどたどしく口を開く。

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