4-5
そのときだった。
合板の壁がたわみ、木くずをまき散らしながら吹き飛んでいった。激しい破壊音と、渦巻く暴風。ぎゃあぎゃあと澱をまき散らしながら鳴く烏の声が雪崩れ込んできた。
「いたぞ!」
烏の声にも嵐の音にも負けない声がした。しかし、天鬼の体は硬直し、そちらを見ることができない。
「名前はなんだ!」
指の一つも動かない。そんな天鬼を見、異変を察知した神来社は彼女の視線の先にあるテレビに気がついた。ずかずかと家に上がりこむと問答無用でテレビを破壊した。小さな爆発音のあとぷすぷすと黒煙を上げるテレビの残骸。
その瞬間、へなへなとその場にしなだれた天鬼を見て、神来社は再び訊ねた。
「名前を言え」
「
うまく名乗れた気がしなかった。しかし、神来社はその言葉を聞き届けると、にっと笑顔を見せた。
「俺は神来社黎。天鬼葵、お前を助けに来た!」
小脇に抱えられた天鬼を見、「もう持たんぞ!」と叫ぶ来栖。嵐のように雪崩れ込んでくる烏の大群を打ち払うのももう限界らしい。
「葵ちゃん! 無事でよかった!」
「
「なんて?」
天鬼を櫟原に託した神来社は彼に向き直る。
「徹、よく聞け。葵の体は澱の浸食がひどい。大分向こう側に引っ張られてる。応急処置はしたが、どうなるかは時間の問題だ」
つまりは、いまだ危険な状態で、生きるか死ぬかの瀬戸際にいるということだった。
「そこで徹に頼みたい。天鬼を連れて現世に帰れ」
「でも、ここからじゃ近場の境界も神社もないっすよ。さっきの出入り口はつぶれたし」
「ここから現世に帰るんだよ。徹の遷移道術を使って」
「む、無理っすよ!」
思わず言葉が飛び出た。そもそも遷移道術は始点と終点をつなぐものであって、何もないところから遷移することは不可能。もし、できたとしても遷移する物体の状態が保てなくなる可能性が大きい。
「黎! まだか!」
怒号のような来栖の声に「すぐ行く!」と答える。
「徹、お前にしかできないんだよ」
今の天鬼には一刻も早い処置が必要だった。それを実現するためには櫟原の力が不可欠。
しっかりと櫟原を見つめる神来社の瞳には不安そうな表情が写り込んでいた。
「幸いここには
神来社が大穴を開けた、出入り口のない迷い家。
「ま……迷い家って人に幸せを与える家っすよね? それをあんなボロボロにしちゃって罰当たりませんか?」
「人に幸福をもたらすから迷い家なんだろ。そうじゃなかったらただのボロ家じゃねえか」
そう言って神来社は櫟原の顔を無理やり迷い家に向けた。扉も窓もない不自然な家だった。
「よく見ろ。中から出ることも、外から入ることもできないんだよ。つまりあの家は、葵を烏から守ってたんだ」
だから、間違いなく幸福をもたらす迷い家なんだ、と。物言わぬ家屋だ。信じる価値はあるのかもしれない。八咫烏たちが渦巻き、逃げ場のない絶望的な状況で唯一の希望。
力強く言い切った神来社を見、ようやく決心がついたのか櫟原は大きく深呼吸した。
天鬼を抱え迷い家の中へ向かう。
「俺たちの体、バラバラになっても文句言わんでくださいよ」
「安心しろ。骨は拾ってやる」
にやりと笑い、神来社は挑発的に言ってのけた。
迷い家に入り込む櫟原たちを見届け、神来社は気を引き締めなおした。
「待たせたな、しんさん」
息を切らした来栖が汗をぬぐうと「ちょうどいい頃合いだ」と笑う。
「さあ、掃除の時間だ」
拳を構えた神来社たちは笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます