2-5

 さらに暗い奥を向くとカメラを構える。ディスプレイには闇を孕むトンネル。まるで映っているのが煉獄のような気もする。そんなわけないとシャッターに指をかけた。押下すると視界が一気に白む。きゅっと作動する音を聞きながら目をつぶった。

 向こう側は後日やると言っていたのに、どうして今、写真を撮る必要があったのだろうか。念押しするように言ったのはなぜか。急を要するものなのか。それに、デジカメの操作方法を教えてくれたときから感じた違和感。形容しがたい心の不和。彼はどこか機械的に喋っているような感じがした。あの優しい櫟原がそんな風になるものかと考えたが、教える方も気を使うから、疲れていたからと言えばそれで説明がつく。しかし、どうしてか真後ろに立つ彼が櫟原なのか振り返って確かめるのが怖かった。

 そのせいか、じっと奥のトンネルを確かめてしまう。トンネルの外にどっぷりと落ちた影。まるでモノクロ写真を見せられているかのような色。真後ろの彼は、何も言わない。気が狂いそうなほどの静寂。音が反響して潮騒のような木の葉の音がはるか遠くに聞こえる。

 よどむ空気に身を絡めとられ、金縛りにでもあったかのようだった。体の芯が足の裏から冷えていく。

 天鬼の冷え込んだ肩に温かすぎる掌が乗った。思わず引き攣った呼吸になる。勢いよく振り返る。心配そうに天鬼を見つめる櫟原だった。

「どうしたの? 大丈夫?」

「大丈夫です……」

 安堵の吐息とともに漏れ出た言葉に嘘はなかった。一瞬でも疑った自分が恥ずかしい。最初から目を見て会話したらよかったんだ。ほっと胸をなでおろし天鬼は櫟原を見上げる。

「ちゃんと撮れました」

「ん? ああ、写真ね。作業はできそう?」

 天鬼は元気に返事をすると早速作業に取り掛かった。

 いざ作業をやってみれば案外簡単で、地域清掃と何ら変わりはなかった。サクサクと作業を進め、トンネルを出るころには、ぽつんと一つだけ立つ街灯が灯をともしていた。



 いつか見た「蟆乗惠譖ス小木曽」の表札。碓井たちは再びあの家へ足を運んでいた。

「近辺に健太郎さんの痕跡がないか探してください。何かあればすぐに知らせてください」

 碓井は二人に指示を出すと家の中に潜入した。碓井の後に波羅が続く。

「ぼくは一階を確認しますので、波羅さんは二階をお願いします」

「うい」

 軽快な足音で二階へ上る波羅を見送り、碓井は廊下の奥の扉に目を向けた。前回見たときと何ら変わりはない。少し澱ですすけているくらいで綺麗なものだった。

 ゆっくりと扉を開くと広がるのはリビングダイニング。そして、異臭。何の臭いだろうか。そんなことを頭の片隅に碓井は視線を巡らせた。

 煉獄に残された者は現世でよくしていた動作を模範することが多い。健太郎さんはどんな行動をとるだろうか。

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