影
1-1
煉獄。プルガトリオ。
煉獄とは、天界、魔界、そして現世の間に存在する空間。死者が最初に訪れる場所で、現世で犯した罪を洗う場所。現世の鏡像とも呼べるその場所は、氏神の体を借り、三世界間に顕現している。
しかし、稀に生者が紛れ込むことがある。それが神隠し。現世と煉獄の境界があいまいになると神隠しが起こる。
煉獄に存在するものは過去の事象を追体験する。それがいいことであろうと、悪いことであろうと。時は流れない。流れないということは癒えることなく溜まって行く。それが
澱は何らかの事象で発生し、煉獄に溜まる。澱に汚染されると氏神が弱り、境界がぶれる。境界がぶれた結果、現世にも影響を及ぼす。
その影響を最小限に食い止めるのが煉獄保全管理局。
その業務内容は多岐にわたり、澱の除去作業や禁足地の調査、神域の結界張り直しや、特異点の対処、神隠しにあった一般人の保護や魔界や天界の生物が現世に紛れ込まないようにする。
そんな話を一週間かけて勉強した。そして、研修最終日。天鬼は白装束を纏い氏神の承認を得た。これで職員として煉獄に赴くことができるのだ。
「これで、氏神様の加護が付いたから、煉獄でおかしなことに巻き込まれることはないよ」
同じく白装束を着た武塔が言う。天鬼と同じく顔面を面布で覆われているため表情はわからない。しかし、この一週間で彼の性格はよくわかっていた。
「あの所長、この鶏って」
それよりも今、天鬼の周りを練り歩く鶏が現れたことに困惑していた。
「ああ、それね。氏神様」
武塔がそれという鶏を見た。氏神といわれてもピンとこない。神性などまったく感じられず、それどころか養鶏場にいる鶏と何ら変わりない。
「正確には神使なんだけど、神様の依り代というか」
「それはご神体なんじゃないですか?」
「ご神体は仮設サーバーみたいなイメージかな。これは簡易デバイスみたいなもの。鶏の目を通して天鬼さんを視ているんだよ」
急に横文字が出てきて驚いた。武塔は「うまいこと言ったな」と満足げだ。
「そこらへんにいるから、困ったときは助けてもらうといいよ」
天鬼は困惑しつつも、鶏に頭を下げた。
「氏神様にあいさつしたし、早速簡単なお仕事を頼もうと思ったんだけど、残念なことに君のチームがまだ出張から帰ってきてなくてね」
境内を出、面布を取り外した武塔は言った。彼に倣い天鬼も面布を取ると武塔を見上げた。いつものくたびれ具合がさらに加速している。
「そうなんですね。それまで待機ですか」
「そうしてもらおうと思ってたんだけど、なんと突発の仕事が舞い込んできてね。幸いなことに別のチームが空いてるから、天鬼さんにはついていってもらおうと思ってるんだ」
そう言いつつ、自販機に吸い寄せられる武塔。「ぼく疲れちゃったよ」と気の抜けた声で缶コーヒーを二つ落とし、一つを天鬼に手渡す。
「その突発の仕事ってなんですか」
「神隠し捜索」
それを聞いてプルタブにかけた指が止まった。
「一大事じゃないですか! ゆっくりしてる場合じゃないですよね?」
焦る天鬼をよそに「落ち着きなよ」とコーヒーを嚥下する武塔。
「大体の場所の目星はついてるから、すでに調査済み。あとは連れて帰るだけ」
「誰がそんな」
「氏神様だよ」
はっとして足許に視線を落とす。もちろん鶏の姿はない。
「さっきまでいたのも氏神様だけど、煉獄にも存在してるんだ。いっぱいいるんだよ」
事務所への道すがら武塔はこうも言った。
「氏神様にも性格があってね。うちみたいに仕事を手伝ってくれるフランクな神様もいれば、何もしない気難しい神様もいる。合う合わないはあるだろうけど」
そこんところは人と変わらないじゃないか。天鬼がそんなことを思っていると、あっという間に事務所に到着した。
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