2-2
「はいはいはい! 俺! 俺は櫟原
「あ、いちはらさん?」
天鬼が名前を聞き、つい口走る。驚いた櫟原が天鬼と同じ表情で「え? 俺のこと知ってる?」と首をかしげる。
「煉獄用通路の件を聞いてね。すごいって感動してたよ」
武塔がそう言うと、きらきらとした目で天鬼を見下ろす櫟原。天鬼は勢いよくうんうんと頷き興奮している。
「世界をつなぐ接点を作れるなんてすごいと思います。普通はいろいろ儀式をしないといけないくらい大変なのに……私、本当に驚いて」
いつにも増して饒舌な天鬼の言葉に、照れ隠しすることなく喜ぶ櫟原。そうかなぁ、と頭をかきながら緩んだ頬に口角が食い込む。
「でも、俺それしかできないし」
「それでもすごいことだと思います!」
「そうかなぁ」
「はい!」
でれでれと情けのない顔で「まあ、新人さんからしたらそうなのかもね」と少しだけ調子に乗る櫟原。
「レイがいないけど、これでこの事務所メンバーの紹介終わりかな。おいおい紹介します。それじゃあ皆さん仲良くしましょうね」
武塔がそう言うと、それぞれ各自のデスクに戻った。
それを見計らいハイネが立ち上がる。報告書が出来上がったらしくデータを見てほしいそうだ。武塔が老眼鏡をかけなおしパソコンに向き直った。
「今回も滞りなく結界の張り替えは遂行できました。ですが少々気になる事象がありまして」
「ふむ」と、顎を撫でながら画面をスクロールしていく武塔。続けて報告するハイネは画面に合わせて言葉をつづける。
「現場近隣の汚染が多く発見されました。神域というだけあって近隣は問題ありませんでした。が、少し離れると前回よりも汚染がひどい箇所が目立ちました。定期清掃は入れているそうですが追いつかなようで」
「それはおかしいね」
神域近くは神の加護がいきわたり、連鎖的に恩恵を受けやすい。その地域は汚染が軽度で済むか、自浄作用が働き自然と澱が消えることがある。
報告を聞きつつ、メモをめくり研修で学んだ内容を復習する天鬼。
「何してんの?」
天鬼が顔を上げるとお茶を持った櫟原がいた。夜の店で働いていても違和感がないような見た目だが、中身は素直で優しい。そんな彼から「はい」とお茶を受け取ると困惑した顔で見上げる。
「葵ちゃんの分。ごめんね、お茶でよかった?」
しかも気遣いもできる。これで陰陽師の末裔だというから、人は見た目で判断できないと反省した。素直に感謝を述べ受け取ると、櫟原はにこりと微笑んだ。
「もしかして復習?」
「はい、ハイネさんが報告してる内容で勉強できればと思いまして」
「神域云々の話?」
特別区画は主に三種のレートで分けられる。禁足地や神域が該当するS級。主に八幡の藪知らずや青木ヶ原樹海などが含まれる。次に一部禁足地を含む区画や心霊現象の起こる特別保全区画。特区と省略されA級に部類する。伊勢神トンネルや犬鳴峠などが含まれる。天鬼がいる地区もここに該当する。最後にB級。通常保全区画。危険度は低く定期巡視と清掃で問題ない地区。主に廃村や廃墟が該当する。
「俺も初めてだからよくわかんないけど、今回俺たちが行ったのは伊勢神宮。広大な神域なんだけど、少しでも経路を外れると郊外の路地裏並みに澱が溜まってたよ。本来ならここまで汚染されることはないみたいなんだけどね。他の地区の人たちも首傾げてたよ」
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