澱
2-1
「ただいま帰りましたよーっと。ああ、疲れたー」
事務所の扉を開けるなり自席の椅子になだれ込む
飯綱に次いでハイネも戻り「ただいま帰りました」と、出入り口横のボードの前に立つ。出張中の文字を消し、自席に向かった。
「あれ? レイは?」
「さっきまでいましたが」
「いつものことでしょ。はい、所長お土産」
待ってました、と立ち上がった武塔が飯綱から紙袋を受け取り「何?」「赤福」と、二人して中を覗き込む。遅れて
会議机に並べられた赤福と松阪牛味のポテトチップス、ほかにも長餅やらクランチチョコレートやらがある。ワクワクとしているのは武塔と飯綱だけで、ハイネにいたっては自席で報告書を書き上げている。
「エリー? いいの?」
「私は結構です」
「しょうがないな、分けておいてあげるよ」
「聞いてましたか?」
個包装のものは箱を開けて置き、赤福は今いるメンバーで食べようかと紙皿に取り分ける。
「あ、そうだ。紙皿一つ追加しないと」
「ええ? 所長、食いしん坊?」
「新人ですよ。飯綱さん何も聞いてませんね」
すかさずハイネがフォローする。飯綱は「ああ、そうだったね」と生返事だ。
「櫟原戻りましたー! コーヒーとお茶っす!」
どうぞと各自に手渡していく櫟原。もちろん今部屋にいる人数分だけだ。ちょうど配り終えると事務所の扉が再び開く。一同が出入り口を見ると、ぎょっとした顔の天鬼が立っていた。あわあわと口を開きわなないている。
櫟原の「へ? 誰?」という声よりも飯綱の声の方が大きかった。
「うわー! ちっさい! はらたまと変わらないじゃん! 初めまして!」
仰天したまま固まっていると「失礼ですよ」とハイネがきつめに叱る。
「私は飯綱あさき。あっちの仏頂面がエリー。もう一人レイってのがいるけど基本不在。よろしくね!」
既視感を感じつつも頭をぺこりと下げた。出入り口に立っている天鬼が気の毒に思ったのか、武塔が「こっちおいでよ」と、あんこのついた口で言う。ちょろろと小走りで武塔の元へ行くと一同の視線もついていく。
「皆さん紹介します。今年の新入職員の天鬼葵さんです」
ぱちぱちとまばらに拍手が起こる。
天鬼は慌てて自己紹介し、しっかりと頭を下げる。
「先ほどは飯綱がすみませんでした。お詫びします。私はエリアス・ハイネ。彼女のチームメンバーです」
深々と頭を下げたのは長身の男だった。ドイツ系日本人だという。
「天鬼さん。彼が来栖
「しんちゃんは無口で強面だけど優しい人だから安心して。教え方もうまいし、なんでも聞いてね」
そう言われ再び彼を見上げると「……うす」と、会釈をもらう。慌てて天鬼も頭を下げると頭に血が上ってくらくらした。
「なんか来栖さんと並ぶと親子みたいだね」
飯綱がニコニコと嬉しそうに言う。言われてみればその通りだと思っていると「彼女は失言が多いんです。聞き流してください」と、ハイネがフォローする。スマートな印象があったが、案外苦労人なんだなと天鬼は思った。
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