2-3

 現場に足を運んだ人材は不穏に思わずとも何かしらの異変は感じたようだった。聖域での汚染はそれほどの事態だということだ。

「聖域自体の自浄作用は問題なく働いていたようですが、気が付くと汚染が発見されることから何者かの影響かと考えられます。現在、神宮周辺にて調査が進められています」

「なるほど」

 武塔がふむ、と頷き画面から顔をあげ、ハイネをねぎらう言葉をかける。

「しんちゃん、午後からの仕事って汚染除去だよね」

 自席に座る来栖は静かに頷く。

「道中、ここらでの汚染状況にも目を配っておいてほしい」

「わかりました」

 天鬼は黙って聞いていたが、なぜこの区画での汚染状況に目を配るのか、まったくもってわからなかった。会話が終わった彼らをぽかんと見ていると、自席に戻ったハイネが天鬼に気づき声をかける。

「天鬼さん、なぜ確認をしなければいけないかわかりますか」

 少し考えようともしたがどうにもならず、何かヒントをもらえないかと隣の櫟原を見上げた。しかし、彼もぽかんとした表情をしている。素直に「わかりません」と言うと、ハイネはひとつ頷いた。

「では、天鬼さん。N-3特区の御祭神はわかりますか」

「天照大神です」

 そう言うと、櫟原が「あ!」と声を上げる。どうやら理解の筋道が通ったのか表情が明るくなった。そんな櫟原にハイネは説明を求めた。

「伊勢神宮の御祭神も天照大神。となると、同じ系譜の氏神は影響を受けやすく、弱体や汚染が発生しやすい。そのため澱を発見したら除去しなければ相乗的に悪影響を及ぼしやすくなる」

 ハイネは「その通り」と、またひとつ頷いた。隣の飯綱は「さすがだね」と拍手している。

「巡視も我々の大切な任務です。行動には意味があり、結果につながる。意味や道理をしっかり理解しておきましょう」

 無駄なくスマートな対応に、天鬼の返事は思わず力が入った。知識があれば戦える。彼の言葉は、天鬼にとって希望のような言葉だった。



 今回の任務は汚染除去作業。煉獄内ではなく現世での作業になる。現場は区画内の特区エリア。いわば心霊スポットだった。

 この地域では誰もが知っているトンネルで、天鬼もその名前を聞いたことがあった。

「……今回の汚染作業は定期的に行われます。頻度はそこそこあるので天鬼さんにはその手順を覚えてもらいます」

 静かに、腹の底に響くような声で来栖は言った。サイドブレーキを引き、エンジンを切ると、静寂が耳に染み込んできた。

 車を降りると、葉擦れの音や虫の声、さまざまな自然の音がした。そして、何よりも圧倒されたのは生い茂る緑だ。狭い道の両端にはせり上がる藪と高い木々たち。まるで訪れた人間たちを見降ろし、じっと観察しているような様子だ。そして、その中にぽっかりと口を開ける灰色のトンネル。アーチに積まれた規則的なブロックはところどころに汚れや泥をしみこませ、苔むし、かびていた。

 来栖はポケットからデジカメを取り出した。局の備品なのか、管理ナンバーの書かれたテープが貼られている。

「……除去作業の前後で写真を撮ってエビデンスとします。他にも作業中の様子などを撮ってください。作業内容や感じたこと、次回の申し送りなど気づいたことはこれにメモしていきます」

 来栖はクリップファイルを見せる。必要な項目はあらかた記載済みのようで作業後に書く項目は空欄になっていた。

「……その業務と並行で作業道具の使い方をマスターしてもらいます。……天鬼さん、機械は得意?」

「少し苦手……機械音痴です!」

 はっきり言い切った天鬼に対して「……じゃあ、機械系の説明は櫟原君に聞いておいてください」と、来栖。

 ちょうど、車から道具を持ってきた櫟原が戻ってきた。どれも町内清掃で使われるような道具ばかりでホームセンターで見たことがあるようなものばかりだった。

「……すべて、護摩処理がかかっているので澱の除去ができる仕様になってます」

 高圧洗浄機に至っては聖水が出てくるらしい。なんと贅沢なんだろうと思った。

「……とりあえず、今回の作業はここから前半部まで行います。目印があるのでそれも櫟原君に聞いてください。後半部は後日行います」

「何時くらいに終わる予定なんすか?」

 櫟原が道具を準備しながら訊ねた。来栖は「……四時くらい」と、答えると軍手をはめた。日が沈む前に終えるらしい。事務所に戻るのは五時ごろになりそうだ。

「じゃあ、葵ちゃん。中で説明するからついてきてね」と、櫟原がトンネルの前に立った。

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