よって、件の如し
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こんなうわさがあった。
夢の中で通りゃんせを聞くと死ぬ。
学校ではそのうわさでもちきりだった。ほとんどが「そんな馬鹿な」と、嘲笑するものだった。私もそのうちの一人だった。小学生ならまだしも高校生にもなって些末な怪談話に身を震わせるほど暇ではない。それなのに、学校では瞬く間に噂は広まり、新たなうわさが立った。
一つ上の、柊先輩は受験勉強を苦に自殺したとされているが、実はうわさの被害者なのだと。これもまた、「そんな馬鹿な」と、嘲笑されるはずだった。それまでは、年上の彼氏に振られただとか、親が借金を抱えていただとかいろいろひどいうわさが立っていた。しかし、その夢のうわさが立つと一気に広まっていった。
そして、うわさにあたらしい尾ひれがついた。
通りゃんせを聞いて三日目に死ぬ。
よくある改変だと思った。誰しもが経験してどれが史実のうわさかわからなくなってしまうやつだ。しかし、これも柊先輩に関係があるらしい。通りゃんせの夢を見たと本人が言っていたらしい。これもうわさに過ぎないが。死者を利用した趣味の悪い噂だと、眉をしかめる人も多かった。しかし、所詮は高校生。その場が盛り上がればいいと馬鹿騒ぎする連中もいる。
しかし、どうも彼女の友人が実際に聞いたと言っていた。誰だかは知らないが。しかし、彼女と同じ部活の後輩、つまりは私たちの学年の子が実際に聞いたらしい。その友人はただの受験ノイローゼだと思っていたらしい。しかし、実際に死んだ。柊先輩が言った「私、死ぬの。今日」と、言う言葉を最期に。
それからは、一気に宗教染みてきた。お守りを常に持ち歩いたり、葬式で使わずに残っていた清めの塩を持ち歩いたり、死んだ柊先輩に守ってくださいと祈ったり。もちろん一部に過ぎないが、真実味を増したことから一種の集団ヒステリーのようになり、臨時の学校集会が開かれたり、非常勤のカウンセラーが増えたりもした。このうわさはすでにこの地区を離れ近隣の学校にも流れているらしい。実際、似たような事件が多発しているとかいないとか。
そして、うわさはさらに改変された。
横断歩道を歩くと死ぬ。うわさの渦中の人物たちは横断歩道を渡っていた最中、車に轢かれ死んだらしい。だから、横断歩道や車の多い通りは極力避けることが推奨されていた。そうすることが、夢を見ても死を回避する方法だとうわさされていた。
このころになると、とうとう「通りゃんせの夢を見た」と、言い出す者が増えてきた。夢を見たから欠席する人もいたり、面白がって動画を撮ってみたりする者もいたりしたらしい。最初のころは。
しかし、本気で信じている人間も少なからずいる。その夢が一種の感染源のように扱われ始めた。夢を見たと言い出す人間を徹底的に排除しだした。面白がって言う者も、本気で相談した者も、夢を見たというだけで魔女のように晒上げられた。だから、夢を見ても相談することなく過ごす方がいいと思った。それは暗黙の了解となっていた。
一度、まき散らされた悪意は瞬く間に膨れ上がり、夢を見たと言っていない人間までも巻き込まれ始めた。顔色が悪いから、目がうつろだから、学校を休んだから、横断歩道を渡っていたから。最近の学校は魔女狩りのようになっていた。誰が悪だと弾圧するための裁判所に登校しているような気がした。毎日毎日飽きもせず、目を血走らせながら次を探す。いつ自分がつるし上げられるかわからない恐怖に怯え、今日は自分ではないと安堵する。
だから私は休まずに学校に行った。おかしな様子に見られないように明るく振舞った。極力横断歩道を渡らないようにした。なのに、どうして?
どうして、私は落ちているの?
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