うわさ

1-1

「また、行方不明ですか」

 到着早々口から出た言葉だった。

「まったく困ったよ。最近はおとなしくしてると思ったんだけどな」

 安倍は腕を組みながらため息を吐いた。

 任務ついでに荷を渡すため、N-4特区に赴くと早々に安倍から相談された。とことん牛に縁がある碓井は「見かけたらまた連行してもらえるか?」と、お使いを頼まれてしまった。

「碓井さん、なんか甘い蜜でも出てるんじゃないですか」

「それは嫌だな」

 事務作業の手を止め、じんが碓井を見上げ言った。すっとした切れ長の目と波羅や来栖に負けず劣らずの鉄仮面だ。しかも、なかなか的を射た鋭いことを言う。時々耳が痛いこともある。

「ところで、所長は?」

 事務所内を見渡し訊ねた。

「ああ、事故現場行ってる」

「事故?」

 ある交差点での交通事故。交通量が多いためおかしなことではない。

「でも最近やたら多いんですよ」

 タイピングをしながら陣が言う。

 澱の除去もしっかりしている。影響も見受けられない。しかし、なぜか事故が起こる。運転手の不注意だという線も洗ったがどうも腑に落ちない。

「そう所長は言ってたけどな。まあ確かに怪しいと言えば怪しいが」

 納得できないのは安倍も同じらしい。

「最近“魔の交差点”だなんて言われてますよ」

「魔の交差点?」

 安倍と碓井の言葉がリンクした。

 陣のディスプレイにはSNSの画面。ハッシュタグには魔の交差点。地域はバラバラだが、ある特定の地域だけは群を抜いて多かった。

「それが又五またご交差点です」

 市の環状線と新刈場しんかりば通りと言われる大きな通りが交差する場所。横断歩道の四点をつなぐようにわたる歩道橋。歩行者はもちろん、乗用車からトラックやバスなど様々な車両が往来する大きな通りだった。

「昔は刑場に続く道だったから刈場だって言われてたそうだ。他にも藪が多いから草刈り場で刈場」

「その影響はないんですか」

「それがないんだよ」

 時々怨霊が出ることもあったそうだがそれも昔の話。今でこそ、人の怨念が顕現することはほとんどないらしい。

「もともと辻は煉獄ともつながりやすいし、原因が特定されても防ぎようがないこともある」

 まさに臥薪嘗胆というような表情の安部は言う。

「あら、碓井さんいらしてたんですね」

 事務所の扉を開けたのは所長の田山だった。碓井が挨拶をすると三言ほど話してから自席に座った。田山が入室しただけでこの部屋の空気が凛と張り詰めた。

「ちょうどいいわ、お願いされてくれないかしら」

「なんでしょう」

 碓井は訊ねた。

 田山が話し始めたのは今回の事件についてだった。すでに事件が多発していること。資料は大筋でそろっていること。今回の件をN-3に回したいこと。

「N-3にですか」

「ええ」

 うすく微笑んだ田山は迷いがなかった。

「というのもね、今うちの案件で手一杯なの。それに出張中のチーム案件も長引きそうだし、そっちに注力したいというのもあるわ」

 それならうちもそうだよ。と、波羅がいたら言いそうだ。しかし、N-4特区の案件は特殊案件が多いのが常。それはN-3も同様であるが得意分野が違う。N-3は主に機動力や現場での臨機応変な対応が多く求められるが、N-4に関しては長期戦かつ精密作業を得意としている。N-4の作成する結界や式神の制度がたびたび話題に上がることもある。前にN-4の簡易式神を見た佐藤がその繊細さに驚くほどだった。

「あとは私の勘なのだけど、おそらくこの案件はN-4うち向きではないわ」

「ええ?」

 驚きの声をあげたのは安倍だった。そんな安倍に「勘よ、勘」と、いたずらに微笑んだ。

「資料はデータで送ります。武塔さんにも話はつけておくから、ひとこと言えばわかると思うわ」

 あれよあれよと丸め込まれ、最後に出た言葉は「はい」だった。

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