1-2

 洟を啜る音が響く。喉をひくつかせ嗚咽を漏らす者もいた。

 白と黄の菊花に囲まれた遺影。その笑顔は若すぎた。

 厳粛な読経と共に焼香が進む。大半が制服姿だった。喪服を着た碓井隊は斎場の一番後ろ。目立たない席に着いていた。もちろん、事件の調査のためだった。

 今回の被害者は佐伯健介さえきけんすけさん、十七歳。下校中の事件だった。横断歩道を渡っていた健介さんに横転したトラックが激突。中央分離帯とトラックに挟まれた健介さんは頭部を圧迫され即死。棺桶の窓は開かれていない。

 それだけで現場の凄惨さが手に取るようにわかった。

「現場に残された澱は除去済み。通常の事故死程度の物だったそうです」

「棺桶も見る限り綺麗なものだね。丁寧な作業だ」

 斎場に棲みつく餓鬼がちらほら縋り付いている程度でほとんど何も見受けられない。佐藤が式神を飛ばし餓鬼を蹴散らす。

「状況が状況やし、ご両親に話を聞くのは難しそうですね」

 背を丸め嗚咽で震える体を抱える佐伯夫妻の涙は止まらない。その横には人形のように呆然としている少年がいた。少し色素のうすい前髪から、うつろな瞳が覗いている。遺影に映る健介さんとそっくりだ。

 碓井はちらりと彼を一瞥してから「まずは親族や友人から話を伺っていきましょう」と、囁いた。

 滞りなく式は執り行われ、間もなく出棺となる。立ち並ぶ参列者の中で、すでに碓井隊の面々は散り、調査を開始している。しかし碓井は健介さんの弟に視線を常に寄せていた。

 兄が亡くなり意識茫然としている。かさついた唇は緩く結ばれ視線はうつろ。荒れた頬には涙の痕がまだ残っている。

 霊柩車の目前まで棺桶を持っていくと、あとは斎場のスタッフが慣れた手つきで搬入しバックドアを閉じた。親族はマイクロバスで火葬場まで向かうらしい。エンジンのかかったバスが霊柩車の後ろに待機している。

「では、近親者の方はバスに乗車願います」

 スタッフが周囲に聞こえるように声を張る。ほとんどが子供ということもあり、人数が減る様子はない。喪服姿の数人が順番にステップを登り始めた。まずは足腰の弱いお年寄りから。介助をされながらゆっくり上っている。まだまだ時間はかかりそうだ。

 そんな中、ぽつねんと佇む佐伯少年の背はこの場の誰よりも小さく感じた。

 碓井の脚は自然と彼に吸い寄せられていった。

「すみません、少しお伺いしても」

「……」

 少年は振り返らない。まだ発達途中の細い肩に、着られている詰襟。線の細い柔らかそうな髪がすとんと襟足に落ちていた。

「すみません」

 少年の肩に手を置くとようやく彼は振り返った。茫然とただ見上げるだけ。うっすらと開いた口からは力のない吐息がうっすらと漏れ出ていた。

「少しお話を聞いても」

 昨日の今日で酷なことかもしれない。ただ、この場で唯一まともに話してくれそうな親族なのだ。

 しかし、少年は茫然と見上げるだけだった。やはりだめか。そう思った時だった。少年の前にいる婦人が振り返り怪訝そうに眉を顰める。

「そっとしておいてくれませんか」

 婦人の言う通りだ。目許は赤く腫れている。そんな婦人は優しく少年の肩を抱くとそっと引き寄せた。そのまま吸い込まれるようにバスに乗車する。

 非常識すぎる行動だとわかってはいたがどうしても止められなかった。彼なら何かわかるのではないかと思い込んでしまった。これを直観と言うのだろうか。

 けたたましいクラクションの音。

 霊柩車はゆっくりと走り出した。深く礼をするスタッフ。進むマイクロバス。そのうちの一つの窓にはあの少年。じっと碓井を見降ろしていた。何か言いたげな目をしている。そんな風に碓井は思った。

すると少年は左手を口許に、右手で耳を覆うようにゆっくりと動作をした。

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