3-3

「もうそろそろ帰ってくると思いますんで。もう少しお待ちくださいね」

「ありがとうございます。お気遣いなく」

 緑茶の芳醇な香りが鼻孔をくすぐった。波羅は遠慮なく茶菓子に手を伸ばすとぺりぺりと包装をはがした。

 柳瀬やなせ工務店の応接の窓からは広い庭と資材の置かれた大きな倉庫、そして柳瀬家の家屋が見えた。

 夫人が茶碗を置いたところで、一台の軽トラが敷地内に入ってきた。それを確認した夫人が「ほら来た」と、にこやかに言った。

 作業着姿の柳瀬誠一せいいち氏は簡単に挨拶すると波羅の真向かいに座った。どうやら話はついているようでなぜ波羅が訪れたのかは理解しているらしい。

「ケンちゃんのことだろ?」

「はい。彼が行方不明になる前、何かおかしな言動や行動はありましたか」

「そうだなあ、ちょっと元気がないとは思ったが」

 白髪混じりの無精ひげを撫でつけながら当時を思い出している。

「そのとき何か言ってませんでしたか」

「ちょっと気弱になってるくらいで、いつもと変わらなかったなあ」

「気弱?」

 柳瀬はうん、と頷きながら「帰りたくないとか言ってたな」と、言う。小木曽夫人から聞いた話と同じだ。

「そん時は嫁さんと喧嘩でもしたのかと思ってたんだよ。でも、顔合わせる度に顔色が悪くなってくからどうしたもんかと思ってたんだがな」

 おそらくその段階で煉獄に引っ張られていたのだろう。しかし、彼を引っ張る理由も何者かもわからない。

「ただ、そん時は工期も遅れてたし色々問題もあったからそうなるのは仕方ねえとおもってたんだ」

「問題?」

「事故だよ。指飛ばしたり、骨折ったり。うちの若いのも今入院中なんだよ」

 影響が他にも出ている。事故が頻発しているとなると、その現場が根源だろう。

「その現場って今どうなってますか」

「今は完全ストップだよ。発注済みの資材だけ置いて撤収してるよ」

 波羅が場所はどこかと訊ねると、柳瀬は「ちょっと待ってな」と言い携帯を取り出す。老眼鏡をかけ何やら操作すると画面には地図が表示されていた。等高線だらけの緑の地図だった。

「山の奥に娯楽施設作ろうって話だったんだけど、こんな山ん中誰も来ねえだろってみんな言ってたよ」

 確かに柳瀬の言う通りだった。県道もかなり遠く、駅すらも見当たらない。波羅は「たしかにそうですね」と相槌を打ちながら、そう言えばと思い出した。確か来栖たちが向かった先もこの近辺ではなかろうかと。

だって言われてたよ」

「呪われた土地?」

 怪我人が多発し、行方不明者まで出したら、そう言われるのも無理はない。しかし、柳瀬は渋い顔をしながらたばこ焼けした声を絞り出した。

「あんまいい話じゃねえんだが、祠があってな。もうボロボロだったし壊れてたんだが、魂抜きせずに工事を進めたんだよ」

 神隠しの原因が現れた。

 柳瀬が語るには、気づいたときにはすでに廃材の中に紛れていたそうだ。つまりは、伐採の段階で破壊された可能性が高い。つまりは、その業者も影響を受けている可能性が高い。

「俺は大丈夫か確認したんだよ。こういうのはちゃんとしないと罰が当たるから」

 しかし、工期の関係から御霊抜きせず工事を優先。健太郎さんは影響を受け神隠しに。

「社長は無事みたいですね」

「そりゃ、その日のうちに氏神様んとこで謝ったからなあ」

 その行動が功を奏したのだろう。事実、氏神の加護が働いている。柳瀬は信心深いようだし、しばらくは問題ないだろうが、氏神の効果が切れるのも時間の問題だろう。

 波羅は柳瀬に協力のお礼と挨拶をして柳瀬工務店をあとにした。

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