3-2
「じゃあ、来栖さんはこのエリア。葵ちゃんはこのエリア。俺はこのエリアってことで。集合時間は十一時。昼飯何にしたいか考えてから集合してください」
櫟原が取り仕切り、それぞれにビニールのジップバッグに入ったタブレットを手渡す。中には地図情報が入っている。事前に天鬼がマーキングしたデータだった。他にも今回必要になるであろう祠のデータも入っている。
本来であれば偵察関係に強い飯綱隊が向かうはずだったが、急遽別件で動くことになり、この任務のお鉢が来栖隊に回ってきた。澪ちゃんの神隠し事件と間接的に関係があるかもしれないと伝えられ、天鬼は張り切ってこの任務に臨んでいた。
しかし、天候はあいにくの雨。慣れないカッパと長靴での調査だった。雨粒がビニール越しのタブレットを滑って行く。
依頼内容は登録されているはずの小祠の数調査。該当エリアの祠をピックアップしその整合を確かめるため天鬼たちが木々の生い茂る山に降り立った。祠が建っていることには意味がある。何かを鎮守するためだとか、結界の一部だとか。そのため過不足があればすぐさま報告をしなければならない。
ではなぜ、その調査を行わなければならなくなったのか。該当エリアでの事故や事件が頻発しているためだった。死傷事故から行方不明までさまざまなことがこの山で起こっている。その原点を探るためこの調査が依頼された。
ぬかるむ道を進みゆく天鬼は再びタブレットに視線を落とした。チェックポイントは近い。しばらく藪をかき分けながら進むと一気に開けた場所に出た。遮るものがなくなり雨足が一気に強くなる。天鬼はフードを深くかぶりなおした。
地面は均され濃い赤茶の土が見えている。区画整備された端にはブルーシートをかけられた何かが紐で縛られていた。その横には重機が二台ほど鎮座している。どうやら工事現場らしい。さらに奥を見ると工事の作業日程の書かれた看板が、轍の前にぽつねんとしていた。
天鬼は手許のタブレットを見る。おそらくこのあたりだろうと再びあたりを見回す。しかし、あたりは更地になった山しかない。木々の間から見えないだろうかと見渡すも視界が悪く見つからない。
そうしているうちに雨はどんどん強くなる。ざあざあと体にたたきつけられる雨粒は大きい。とうとう本降りになってきたかと携帯を取り出そうにもこの雨では水没しかねない。
どうしたものかと困っていると雨音の間から何か別の音が聞こえてきた。かすかに声のようなものが聞こえる。じっと耳をすませる。
「――おーい……」
誰かが天鬼を呼んでいた。
どこから声がするのかあたりを見渡すも人影どころか生き物すらいない。
「――おーい……」
天鬼を呼んでいるのは確かだった。どこかで聞いたような覚えがある。
「誰ですか! 誰かいるんですか!」
いまだ見えぬ相手に叫んだ。
「おーい……」
雨足はどんどん強くなって声も聞きづらくなっていく。バケツをひっくり返したような雨の中、呼ぶ声を聞いて、はた、と思い出した。この雨足だから一旦撤収の連絡をしに来たのかもしれない。
「櫟原さんですか!」
「――えに……た……」
聞き取りづらいが何か言っている。
「櫟原さん! 聞こえません!」
「む……き……」
はじけるしぶきで視界が白んでいく。まるで霧に包まれたように木々たちが埋もれていく。声の方に脚を向けるもぬかるんだ泥のせいで脚を取られそうになる。
「――迎えに来た」
やっぱりそうなんだ。心細さを感じていたせいか余計にうれしく思った。徐々に距離が近づいてくる。雨音の中、言っている言葉が明瞭になってきた。
「櫟原さん、どこですか!」
「おーい」
「櫟原さん?」
こんなことが前にもあった。トンネルの中、カメラを構える天鬼の後ろに立っていた人物。あの時は櫟原だと思った。軽微な違和感だと気づかないふりをした。顔を照らすライトに顔をしかめたとき彼の顔は見えなかった。しかし、肩に手を置いた櫟原のライトは天鬼の顔を照らすことはなかった。ならばカメラの使い方を教えたのは? 誰もいないトンネルの奥を撮るように指示したのは? 機械的に話していたのは? そもそもあの声は櫟原ものなのか?
封をしていた疑問が一気にあふれ出た。不安で心臓が踊りだし、気管がきゅっと狭くなる。浅い呼吸が震える唇の間から漏れ出ていく。脳内で警鐘が鳴り響く。一体、何と話していたんだ。
「おい」
真後ろから声がした。
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