汚染

3-1

 しとしとと雨が肌を湿らせる。鬱蒼とした森の中だとすこし柔らかく感じる。ぬかるんだ泥に長靴を抜かれそうになり舌打ちをする。

 規制線の張られた中にいるのは警察ではなく煉保局れんほきょくの面々だった。

「これは酷い」

 武塔は渋面を向けた。

 藪に埋もれるように横たわる死体は苦悶の表情をしている。

「発見時は面布をはぎ取られ、両目と舌を抜き取られた状態で発見。内臓も食い荒らされていくつか見つかっていません」

 あたりを見渡すとまき散らされた内臓が真っ赤な水たまりに点々と落ちている。

「彼女、新人さん?」

「……はい」

「そう……気の毒に」

 武塔はその場にしゃがみ込むと両手を合わせた。

「食い散らかした奴は何者かわかるか」

 そう訊ねたのはN-6特区所長のくろがねだった。

「いいや、わかんないって」

 飯綱はお手上げというそぶりをする。彼女の足許には使役する二匹の狐がいた。

「獣ではない、とだけ」

「牙を持たぬものであるのはたしか」

 二匹は次いで言葉を並べた。それを聞いた鐵も顔を曇らせ腕を組んだ。

「まったくもってよろしくない状況ということは確かだな」

 N-4特区リーダー、安倍あべがため息をつきながら言った。

「局員が襲われるだなんて前代未聞だ」

「殉職はままあるぞ」

「危険任務ならまだしも、新人相手にそんな任務を任せやしないだろう」

 鐵の言葉に言い返すと「戦闘狂め……」と彼女に聞こえないよう言葉を吐き捨てた。

「とりあえず状況を整理しよう。卜部うらべ君、当時の彼女の行動記録は?」

 武塔が立ち上がりながら訊ねる。

「彼女の任務は小祠の祈祷でした。簡単な作業なので単独での依頼でした。午前九時には現場に到着、終了報告を十一時には受けています。その後、山ふもとでチームメンバーと合流する予定が現れず」

「その前後で彼女に変わったことはあった?」

「いいえ、特に。……関係あるかわかりませんが、最近ストーカーにあっているような気がすると言っていました」

「ような気がする?」

 安倍が怪訝そうに声をあげた。

「見られているような気がするとも」

「そいつの可能性が大きいな」

 鐵がつぶやくように漏らした。

 すると藪をかき分けながら周辺探索をしていたハイネが戻ってきた。飯綱が「おかえりなさい」と手を振る。

「他目立った痕跡は見当たりませんでした。ただ、山道からここまでの獣道をうまく隠していることから、ある程度の知能は持っているかと」

 ハイネの報告に一同は再び深いため息をついた。

「他になにか気づいたことはあるかな。彼女に関係ないことでも」

「気づきというか結果報告でしかないけど、聖域に澱がたまってたことと関係あるんじゃない?」

 飯綱がそう言うと「それは大いに関係ありそうだね」と武塔が頷く。

「なぜ澱がたまっていたか調査結果は出ているのか」

「それが難航してるみたいでねえ」

 安倍はいらいらとした様子で腕を組んだ。

「天照と関係のある系譜のものの仕業が濃厚だが」

「あまりにも多岐にわたるよね」

 鐵の言葉に次いで武塔が言う。

「澱とはまた違うかもしれませんが、碓井さんが担当していた神隠しの任務の関係で、氏神が殺された件も類似してますね」

「脩ちゃんが?」

 卜部が思わず声を上げる。

「ええ、食い荒らされていました」

「食い荒らされる……そう言えば、うちの神使も怪我してたな。澱まみれになってたもんだから洗ったときにいくつも傷がついてたのに気づいたんだ」

 安倍が眉根に皺をよせながら言った。鐵も心当たりがあるようで表情が険しくなる。

「もしかしたらこの地区だけでなく他のエリアにも類似の報告があるかもしれないね」

 武塔を皮切りに状況のまとめが組み上がって行く。

「だとすると、だいぶ危険な状況ってことだな」

「場合によっては警戒コードを引き上げにゃならん。ああ、面倒だ」

「なに言ってる。わくわくしてくるの間違いだろう?」

「あんたと一緒にせんでくれ、鐵さんよ」

 そんなことを話しているトップたちを差し置き飯綱はハイネのそばに寄る。

「レイちゃんに連絡は」

「すでに。もうこちらに向かっています」

「よし」

 口早に会話すると飯綱は正面で話をこねくり回すトップたちに意識を向けた。

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