5-4

 邪悪な黒い塊がうねうねと乱雑に動きながら又五交差点に舞い込んできた。

「来やがったな」

 そう言って煙草を踏みつぶした安倍が頭上にある辻神を見上げる。

「イカみたいですね」

「ええ? タコじゃね?」

 緊張感のない部下二人に「どっちも脚足らねえだろ」と、吐き捨てる安倍。

「出番だぞ!」と、叫ぶ声に「わかってますよ」と答える飯綱。

 無数の眼が彼らを捕らえた。交差点の信号がすべて赤に変わる。調子の乱れたとおりゃんせが響き渡った。又五交差点に緊張が走る。

 対峙する空間につんざくような銃声が轟く。ハイネの魔弾が辻神の眼をつぶした。

 ひるんだところに狐をけしかける飯綱。

「効果抜群とは言えないなあ!」

 次の弾丸は辻神の体を削ると、歩道橋に穴を開けた。

「チッ……!」

「へえ、珍しい」

 大きく舌打ちをしたハイネがライフルを構えなおす。打てば当たる魔弾ですら逸らしてしまうほどの因果律が働いていた。

「狐たちもあまり近づけない方がいい」

「つってもさ、無理だよ。応援遅いんだもん」

 碓井たちはまだ到着しない。辻神を見上げた飯綱は訊ねた。

「まだ頑張れそう?」

「時間稼ぎ程度なら」

「過度な過信はやめていただきたいですな」

 質実な狐たちに苦笑しつつも、ならばやれるところまでやってみようと気を引き締めた。

 舞うように跳ねる狐たちは確実に辻神の体を噛みちぎっていた。しかし、相手も動きに慣れてきたのか、だんだんとあしらわれてきた。

「早いな……」

 飯綱の予想よりも先に時間の方が食いつぶされそうな勢いだった。魔弾を逸らしたのもうなずける。

「エリー、もうちょっと頑張れそう?」

「すでにやってますよ!」

 赤よりの黄色。事態は相当危険な状態だった。焦るハイネの言葉尻が荒くなる。さすがに二人でこの場をつなぐのは無理があったか。あきらめそうになった瞬間だった。辻神の動きが乱れうねるように身をよじらせた。それどころかその場を離脱しようとして見える。

「お待たせしました!」

 駆けつけた碓井と来栖。叫ぶ碓井の手には大きな石が抱えられている。再びそれと対峙した辻神は絶叫とも呼べる異音を出した。

「おっと、そうはいかねえぞ」

 交差点から出ようと暴れる辻神に新たな脅威が現れた。

 安倍が合図をすると、陣と武蔵は式を展開する。安倍隊の力によって顕現したのはこの交差点を覆う強固な結界だった。

「とっとと逃げおおせてればいいもんをよぉ。俺たちを驕ったな」

 にやりとほくそ笑む安倍が言う。堅牢な要塞に匹敵するこの結界術はN-4の職員が大得意とする能力の一つだった。中でも安倍率いる部隊の十八番とも呼べる。

「まあ、あとは頼んだ」

「よっしゃ! なんか様子も変だし行ける!」

 轟く銃声。弾丸の軌道は辻神の中心を捕らえた。

「すみません、これ頼めますか」

「なんですかこれ」

 そういって陣が受けとった石には「石敢當いしがんとう」と彫られていた。それを見た安倍が「へえ」と感心する。

「気が利くじゃねえか」

「最後、それに封印お願いできますか」

「おう、任せな」

 抜刀した碓井が立ち向かう。

 ここからはN-3特区の真骨頂。大立ち回りの出番がやってきた――。

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