5-3
竜巻のように渦を巻きながら立ちふさがる辻神。波羅や佐藤の姿は見当たらない。それどころか周囲に待機していた人員すらも見当たらなかった。
「食われたか……!」
抜刀し辻神を見上げた。四肢を曲げ鎮座する周囲は澱で黒々と塗りつぶされていた。
「……どうする、脩ちゃん」
訊ねる来栖に「……作戦を遂行します」と、返す碓井には苦渋の表情が滲んでいた。
次の獲物を捕らえた辻神は意気揚々と言わんばかりに立ち上がった。そこには澱で真っ黒になった塊が落ちていた。
いざ、刃を構えた瞬間だった。辻神がぶるりと身震いし碓井たちのさらに奥、来た道の先を見た。
「なんだ?」
向かうなら今だ。しかし、辻神の様子がおかしい。うねうねと四肢を動かしまるで気持ち悪いものでも見ているかのようだ。
「……なにか嫌がってる」
「嫌がるって何を、」
そう言いかけてとうとう後ろを見た。見ざるを得なかった。
「おーい!」と、叫ぶ櫟原と、汗を滴らせ顔を真っ赤にした天鬼が駆けつけてきていた。凛々しい表情が更に険しくなっている。
調子の外れた通りゃんせが乱れる。訳のわからない音の羅列を鳴らすと身を翻しながら一目散に逃げていってしまった。
ひいひいと、かけてきた天鬼の顔面には乱れた毛先が貼りついている。
「あれ? 辻神消えたんすか?」
ようやく追いついた櫟原が訊ねる。息を切らした天鬼がようやく足を止め両ひざに手をついた瞬間、びりびりと悲鳴にも近い音を立てて破けたリュック。とうとう限界が来てしまったようだ。
ゴトン、と重厚な音を響かせて落ちたのは大きな石の塊だった。
「これは」
それを見た碓井はなぜ辻神が逃げたのか納得した。辻神のあの様子もうなずける。
「あの、佐藤さんたちは……?」
息を切らしながら訊ねる天鬼。碓井も来栖もなんと言うべきか、言葉を選んでいた。
「そういえば碓井さん家の人たちも見当たりませんね」
「……彼らはもう、」
辻神に食われてしまった。肥やしになり体の残骸しか残らなかった。そう言いかけたときだった。
「あの、なんであれ動いてるんですか」と、天鬼が指さす先には辻神が残した残骸。しかし、それは眠りから目覚めた熊のようにもぞもぞと動いていた。まさか、まだ誰か生きているのかと慌てて駆け寄る碓井たち。
澱を払うと、大量の式神の塊が出てきた。ばらばらと散らばる中から現れたのは丸まる佐藤の背と、波羅だった。周囲に待機していた人々も身を寄せ合いながら体を縮めている。
「こんっ、ダボがぁ! 遅いんじゃボケェ!」
「すみません」
「全力で走れっ! 勝手に死なすな!」
「はい、すみません」
式神がほどけ、息を切らした佐藤が立ち上がるなり鬼の形相で碓井を指さした。喜びと安堵の笑みを浮かべる碓井に対し「なに笑ろてんねん。しばくぞ」と、吐き捨てる。
「……波羅ちゃん、波羅ちゃんしっかり」
未だぐったりとする波羅は来栖の腕の中で眉根を寄せている。大量に澱を吸い込んだせいで昏睡状態だった。
「早く応急処置を。直ぐに煉獄から脱出をしてください」
波羅だけではなく佐藤はもちろん、他の人々も重傷だった。彼らの介抱を任された天鬼と櫟原は碓井の指示に頷いた。
交差点へ向かおうとした碓井が足を止め、踵を返した。
「天鬼さんのおかげです。ありがとうございます」
石を抱えた碓井が頭を下げた。もしかしてと思い調べ準備したものが、誰かのためになった。自分の起こした行動で救われた人がいた。
むず痒い嬉しさに頬をほころばせ天鬼は大きな声で返事をした。
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