4-5

『碓井隊、現着しました』

 通信が入り、天鬼は新と向き合った。

[緊張すると思いますが、私たちが必ず助けますから、信じてください]

 新の部屋にはそこら中に護摩札が貼られ、略式ではあるが退魔の加護がかけられていた。いつもとは違う様子にこわばった表情を見せる新。もちろん両親は留守だ。

[助かるための約束、覚えていますか]

 事前に新に伝えたこと。口の動きを追ってはいけない。言葉を認識されてしまえば、予言が確定する条件を満たしてしまう。もし、夢の具象化が間に合わず、件の首が落ちてしまえば、新を救う手立てはない。

[夢の中では目をつぶる。まずいと思ったら走って逃げる]

 新が言う言葉に天鬼は頷いた。

霊符これ、気休め程度だけど持っておいてください。お守り程度にはなると思うからさ」

 ゆっくりと話しながら、櫟原は新に霊符を手渡した。日常生活では到底見ることのないものを珍し気に観察する新。じっくりと観察してから、櫟原に頭を下げた。

「……こっちは準備できたから。あとは、いつでも」

 部屋の戸口から顔を覗かせた来栖が言伝る。

[私たちは隣の部屋にいますから。何かあればすぐに駆けつけます]

 その一言で安心できればいいが、そうもいかない。新は表情をこわばらせながら頷いた。

 二人は新の部屋を出ると、そのまま隣の部屋へと入る。そこには来栖が準備した護摩壇があった。簡易的なものだが具象化を安定させるには欠かせないものだった。

「すごいですね」

「そう言う葵ちゃんも何持ってきたの?」

 訊ねた櫟原の視線は天鬼の持ち物に向いていた。私物の大きなリュックが部屋の隅に置いてあるのを見、ずっと疑問だったらしい。

「これは保険です」

「保険?」

 力強く頷いた天鬼は「万が一、ということもあるかもしれないので」と、両手の拳を握り気合を入れた。


 ――煉獄、佐伯邸。

 路面側正面、二階が新少年の部屋だった。

「あそこから出てくるんですよね」

 何がとは言わなかった。辻神も件もどこに潜んでいるかはわからなかった。どちらともが出てくるとも言い切れない。佐藤は両手を組み、強く握りこんだ。

 具象化した夢に穴をあけ、部屋の窓越しに煉獄へつなぐ。飛び出した怪異たちが煉獄へ入り込むという算段だった。

「油断は禁物だよ。何がどうなるかなんて誰にもわからないからね」

 波羅が数珠を手首にかけながら言う。その言葉に頷いた碓井が二人に向かう。

「ここでの作戦をおさらいしましょう。飛び出してきた辻神を波羅さんが弱体化。佐藤さんは式神で又五交差点に追い込む。僕は飛び出してきた件を伐滅。完了次第、追って交差点に向かいます」

 二人は先に飯綱隊と合流してください。最後にそう付け加えた。

「幸いとは言い切れませんが僕の家の者が周囲に待機しています。危険だと感じたら引き際を見極めてください」

「でも、それって……」

 佐藤がすべてを言う前に波羅が止めた。

「脩二郎の家の人たちはプロだ。もちろん私たちもそうだけど、彼らは覚悟が違う」

 妖魔伐滅のために生をうけ、人生を歩んできた彼ら。そのための人生だと言い切る碓井も波羅も、佐藤は受け入れがたかった。

 まるで助かりたければ、代わりの命を差し出せと言われているのと同義だ。そんなことをするためにここにいるわけではない。かといって、誰かのために死ねるかと言われれば間違いなく首を横に振るだろう。誰も死んでほしくない。しかし、自分はかわいい。誰もが幸せに生きる保証はない。

 ごくわずかな可能性にかけ、佐藤は口を開いた。

「……それは、私たちができなかった場合ですよね?」

「もちろん。彼らも大切な家族です。誰の命も無駄にはしない」

 筆頭としての覚悟。碓井の言葉は誰よりも重かった。

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