さいしょ

3-1

 ――煉獄内、又五交差点。

 事故現場周辺をくまなく探したが、田山の報告通り違和感は見受けられなかった。

 地蔵の祠は事故でひしゃげ、木っ端みじんになった記憶と、まだここにあると記憶するものの思念が重なり両方が重なって見えている。封印が働いていた痕跡はあるが、魔性を押さえられるだけの霊力は残っていない。

「違和感ないことが違和感なんだよなぁ」と、波羅はぼやく。

「ここまで探して、なんもあらへんのはどうしてやろか」

 地蔵の周りを見ていた佐藤はよいしょ、と立ち上がる。土のついた手を払い、ぐるりとあたりを見渡す。新旧の記憶が入り混じり様々なものがダブって見える。煉獄ではよくあることだった。

 利用者の多いコンビニはしっかりと記憶に残っているせいかぶれが少ないが、建物自体は昭和初期の木造住宅だった。切妻屋根のコンビニが異様な存在感を放っている。成長が目まぐるしいと特に起こる出来事だった。

「高齢者が多い土地なんやろか」

「学校も近いし、土地の歴史を知る人が多いんだよ」

 歩行者信号が切り替わり、電子音の通りゃんせが流れる。おそらくこれが通りゃんせの夢の原因だ。しかし、この曲は誰しもがさんざん聞いた音色だった。調子のずれたどこか間抜けな通りゃんせ。現世でもしっかり機能している。しかし、これを聞いたところで死ぬわけではなかった。車の往来がないためやけにはっきりと聞こえた。

「とはいえ、確かに古い建物が多い気がする」

 波羅もそれは疑問に思ったらしい。腕組をして困ったと空を仰ぐ。今日の煉獄の空は赤かった。

「地図見る限りやと、交差点の周辺に被害者の家が点在してるけど、ついでに見てく?」

 結局何も見つからずじまいはまずいと思ったのか、佐藤が提案をした。相変わらずうんうんとうなり声を上げる波羅はあまり乗り気じゃなさそうだ。というのも、その家の半径が五キロ圏内だということ。大通りを逸れると狭い道が網目のように張り巡らされる住宅街で車は通れない道が多いことが理由だった。

「ちょっと遠くない?」

「遠くない遠くない! さあ! 行きましょ」

 波羅の背を押し向かった先は三人目の犠牲者、柊まことの自宅だった。白い漆喰の壁と深い浅黄色をした洋瓦の家だった。鉄作とレンガの門扉を抜け家に入ると玄関は吹き抜けになっており、明り取りの窓からは煉獄の赤い空が見えた。

「A高校の子だったよね? あそこ頭いいんだよ」

「そうなん?」

 そんなことを語りながら階段を上がる二人。もちろん目指す先は被害者の部屋。

 華美過ぎず質素過ぎず、よく片付いた綺麗な部屋だった。勉強机には広げられたノートとたくさんの参考書が並んでいた。

「受験生だったか」

「そう言えば、受験が辛くて自殺したってうわさ聴いたわ」

 同級生たちは口をそろえて言っていた。

 その学校ではすでに通りゃんせの夢についてうわさが蔓延しており、さまざまな尾ひれ背ひれがついていた。

「柊さんの友達からも話聞けたけど、事故当日に死ぬって言いはったって」

 先ほど老婦人から聞いた話と合致する。予言は確実にあるということだ。

「それが男の人かなのかどうかだよね」

 そう言いながらベッドに腰かけた波羅。ぎしりと音を立てながら沈んでいく。

 波羅はそのままじっとベッドを見つめる。まったくもって動かなくなったことが心配になった佐藤が「環ちゃん?」と、訊ねる声も聞こえないようだ。

 波羅の指先はゆっくりと動き出した。というよりもおそるおそる手を伸ばすという方が言い得て妙。そして、一気に掛け布団をめくりあげる。

 ねばついた澱が糸をひきながらシーツを汚していた。

「嫌っ」

 思わず眉をひそめた佐藤が吐き捨てるように言った。

 歪な楕円。手のひらサイズの楕円が並んでいる。まるでコーヒー豆のイラストのようにも見えたが、そう言い切るにはゆがみすぎている。その形がびっしりと敷き詰められるように寝具を汚していた。

「足跡?」

 獣か化け物か。人とは言い難いその足跡は次に向かった犠牲者の家でも発見された。

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