邪神

5-1

 封印には様々な意図がある。その土地の守り神として存在してもらうための封印。制限をかけるための封印。そして、伐滅するには力が強すぎるがため、風化させ弱体化を目的とした封印。

 今回の辻神はこれに当てはまるだろう、と武塔は言った。

 かつて刑場から流れ出た怨念、私怨、怨恨を餌に強大化した辻神は、とうとう無視をできないほどにまで大きくなりすぎた。人を引き寄せ、惑わせ、引きずり込んだ。

 封印された辻神は、延々とその土地に縛り付けられた。行きかう人々を観察し続けた。流れる時代と変化が目まぐるしかった。戦い、傷つき、癒され、成長する人々の愚かさをよく知っていた。それだけで十分だった。今度はこちらの番だ。


「タフやなぁ」

 交差点まで目前となり、辻神は人間側の意図を汲んだのだろう。なんとしてでも交差点には近づくまいとしていた。読経を続ける波羅も疲労の色が見えていた。

「埒が明かへん」

 一枚の式神を抜き出すと、交差点へ向けて飛ばした。待機している飯綱隊に応援を要請するためだった。

 しかし、辻神もそれをよく理解していた。触脚を伸ばし、飛ばされた式神を澱で飲み込んでしまった。それどころか飛来している式神もどんどん澱で汚染されていっている。波羅も限界が近い。このままではもたないかもしれない。嫌な汗が背筋を流れていった。

 すると、佐藤の肩に手が乗った。凛々しい顔つきの男性だった。

「いつでも代わります」

 しっかりと辻神を見上げ、臆することなく対峙している。自分よりずっと年上のひと。経験も豊富で頼りになりそうな風貌。もしかしたら、なにか策があるのかも。しかし、佐藤の肩に乗る手には少しくすんだシルバーリングが小さく輝いていた。

 彼らは覚悟のうえ? だからどうした。生きてほしいと願うことの何が間違いだろうか。自分の代わりに死んでくれと願う馬鹿がどこにいるだろうか。人の命の分別を決めることのできるものなど、この世には絶対に存在しない。全員で生きねばならない。

 せめて碓井が来るまでは耐えなければ。それからは? この場から動けなかったら? 誰かが走って助けを呼びに行けば。でも、もし間に合わなかったら?

「ごほ、……ぐっ」

 波羅が苦しそうに咳き込んだ。気が付くと、あたりには小さなチリのような澱が充満していた。

 喉に貼り付いた小さなチリは、読経を止めるには十分だった。

 委縮し岩石のように小さかった辻神は、ブクブクと大きく膨れ上がって行く。周囲の式神はどんどん飲み込まれ嵐のような体に吸収され消えていった。

「あかん! 逃げましょう!」

 しかし、すでに手遅れだった。濁った眼が佐藤たちを見降ろしている。ぎょろぎょろと、いくつもの眼が逃がすまいと睨みつけてくる。獲物を狙う目だ。今にでも狩られてしまう。下手に動けば食われてしまう。

 気が付けば当たりのチリが濃くなっている。まるで黒い吹雪の中にいるようだった。呼吸をすると細かい粒子が気管に入り込んでくる。咳き込み息を吸おうとするほど、苦しくなる。

 判断が遅かった。もう少し考えるべきだった。悔しがる言葉すら吐けない。苦しいからか悔しいからか、涙がにじんだ。

 大きな四肢に囲われている。逃げ場などなかった。

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