4-7
佐伯邸頭上、ぐるぐると渦を巻く黒い影――澱がにじみ出てきた。何かが始まった。空気がよどみ、緊張が走る。
一同が構えに入るのと同時に部屋の窓の様子が変わり、鏡面のように現世を写し込んだ。新少年の部屋には具象化した夢が見えていた。そして煉獄内にあふれる通りゃんせの電子音。
「備えて!」
碓井が抜刀しながら言う。そして、間を置かずにずるりと身を引きずりながら辻神が煉獄へ入り込んできた。頭上にとぐろを巻く澱に溶け込むと、ずるりと身を翻した。
「そっちやないで!」
佐藤が式神を飛ばす。群れを成した無数の式神が、嵐のように辻神の行く手を遮る。
「ときちゃんよろしく!」と、威勢よく叫んだ波羅が読経を始めると、びりびりと電流でも流されたかのように身もだえ始めた。
そんな中、碓井は未だ、現世を写す窓を見つめていた。
――遅い。
まだかと見つめていると来栖の叫び声が聞こえた。
「件が現世へ出た!」
まずい。
そう思うのと同時に碓井の体は動いていた。塀を登り跳躍すると、そのまま二階の窓から現世へ入る。驚いた表情の櫟原と天鬼の顔を見たような気がする。しかし、理解するよりも早く、割れた窓から外へ飛び出した。
すでに数名の人員が構えにはいっていた。直ぐに降り立ち件と対峙する。
「筆頭! 危険です!」
「承知の上だ!」
正面に構え刃を向ける。予言を言い切る前に倒さねば、ここにいる全員が死んでしまう。
「み……み、な、死ぬ。みな、死ぬ!」
血の泡を吹き出しながら叫ぶ件。碓井は間合いを詰め、刃を振り上げた。
「よ、よって、件のご、と――」
一直線、太刀を振り下ろす。
溶けだした氷が滑るように、頭が落ちていく。ごとり。鈍い音を立てると同時に一気に血しぶきが上がる。澱の混ざった、腐った血液だ。だくだくとアスファルトにひろがると、糸が切れたかのように牛の体が横たわった。
ふう、と一気に息を吐ききる。荒い心臓の鼓動が血液を押し出し、一気に汗が噴き出した。筋肉の弛緩でぶるぶると腕が震える。
「……お見事」
誰が言ったか、一時静寂が訪れた。
血振りをし、刀身を収める。
「規制線を張れ。汚染除去を忘れるな。民間人の目に触れないようにしろ」
指示を出すなり、せわしなく動き出す人々。慣れた手つきで作業が進んでいく。
「ご無事で」
「件の制定前に切れた。大事はない。このまま煉獄へ向かう。ここは任せた」
碓井が手早く伝えると、そのまま佐伯邸を見上げた。薄曇りの雲が月を隠している。しかし、暗い煉獄の空に比べればまだ、冷たくもやさしい空をしていた。
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