いつか、煉獄で会いましょう

鳳濫觴

 八咫烏

0-0


 薄曇りの空が切り開かれた野山を見下ろしていた。囲われた区画の木々は伐採され、根は掘り起こされ、均された土が広がっていた。

 区画の端、集められた廃棄物のそばにはヘルメットをかぶった男が三人。一人は施工業者の作業服を着た男だった。工程表を持ち、工期と睨めっこをしている。残りの二人は作業者なのか困った様子で彼を見つめている。

 しびれを切らした男が口を開く。

「これ、大丈夫?」

「申し送りにはなかったんですけどねえ。特に話も聞いてませんし」

 手元の資料を確認しながら言う。

「魂抜きとかしなくていいの?」

「そうすると工期が間に合わなくて」

 破壊された小祠の残骸を持つ若い作業員は、それを捨て置くわけにもいかず黙ったまま話を聞くしかなかった。

「管理者から何も聞いてませんし、ボロボロになるまで忘れてるなら、もう神様もいないんじゃないですかね」

 施工業者の男があっけらかんとそう言うと「廃棄が心配なら神社とかお寺に持っていったらいいと思いますよ」と、大して気にも留めていないようだった。

 その場に残された二人は彼の背中を見送った。

「今日、作業終わったら日ぃ暮れる前に神社行っとけ」

「え? 持ってくんすか、これ」

「いや、下手に動かすのはよくねえから、シートに包んで邪魔にならないとこ置いといて」

 渋い顔で答えた作業員はため息を吐くと腕を組んだ。

「こういうのはちゃんとしねえと、罰があたるぞ」

 静まり返った空気に、藪をかき混ぜる大きな音がした。飛び出した烏は空高く飛び立つと、声高らかに一つだけ鳴いた。



 綺麗に切りそろえられたショートヘア。きっちりと意志の強そうな目許。真一文字に結ばれた唇。しゃっきりと伸びた背筋。着慣れぬスーツに着せられて、応接のソファに座るのは本日付けで配属になった天鬼葵あまきあおい

「天鬼……ってことは鬼の末裔?」

「はい、そうです!」

 彼女に訊ねたのは所長の武塔亨むとうとおる。乾燥した頬に手を当てながら履歴書に目を落としている。

「ああ、うちでは神仙妖魔しんせんようまフリーダムだから安心して。事務所によっては妖魔お断りのところもあるらしいけど、うちはそういうのないから」

「はい! わかりました!」

「能力はどんなの?」

 武塔が履歴書に目を落としながら訊ねると、生き生きとしていた天鬼の勢いが消沈し、まごつき始めた。いくらか目を泳がせた後意を決したように口を開いた。

「じ……実はまだ能力が発現してなくて……」

「ああ、そういうこと。大丈夫だよ。能力一つしか使えない子もいるし、何でもできるのに力一辺倒で解決する子もいるから」

「ですが……」

「能力なんて一生開花しない人もいるんだから、気にしなくても大丈夫だよ」

 武塔の言葉にようやく安堵した天鬼はほっと胸をなでおろした。

 簡単な自己紹介と軽い雑談をした後、武塔はなにか思い出したのか「ちょっと待ってて」と、言い応接を出た。パーテーションの向こうで誰かと二、三言話すと段ボールを持って戻ってきた。

「これね、事前に注文してもらったブルゾンと白装束。名前とサイズ、合ってるか確認してもらっていい?」

 天鬼が段ボールを開けると、ビニールがかけられた紺色のブルゾンが目に入った。広げてみると左胸の位置に「煉獄保全管理局れんごくほぜんかんりきょくN-3特区」と刺繍されている。背中にも同じ刺繍がしてあり、左腕には自分の名前が刺繍されてあった。段ボールの底に入っていたのは同じくビニールをかけられた白装束で管理局の刺繍がない代わりに、同系色の糸で衿に名前が刺繍してあった。

「ブルゾンは作業するときに着てください。白装束はほとんど使わないけど、神前に出るときとかに使うので、いつでも使えるように綺麗にしてしまっておいてください」

「わかりました」

「あ、あと煉獄とかゆかりのない一般の人には自然管理局とか適当な文字に見えるらしいので安心してください」

 そういうまじないがかけられているそうだ。

「とまあ、ここまでで質問や疑問点はありますか」

「この仕事って公的なものなんですよね」

「そうです。れっきとした行政のお仕事です。なので、ぼくも天鬼さんも立派な公務員です。表向きにはないことになってるけどね」

 くたびれた表情でにへらと笑う武塔は、「煉獄の事象を現世にもたらさないためにぼくたちがいるんだよ」と、言う。

「まあ、そういう話も研修でするつもりだから、今日からよろしくね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る