2-3
――刈場通りとは、刑場へ向かう通りを指したもので、罪人の首が刈られることが由来である。当時は辻斬りが横行していたことも刈場の由来となったと言われ、人々から恐れられたこの道は人々の往来が増えることはなかった。
しかし、刑場で公開処刑が行われる日は例外的に人の通りが増え、出店などで通りがにぎわった。その名残から、商人が金を刈る意味も込め、この通りの名は修正されることなく今日まで使用されている。
高度経済成長期になると刈場通りはさらに大きな通りとなり、新刈場通りとして新旧を区別して言われるようになった――
天鬼が目を落とす資料集には当時の工事を行うスナップ写真と磔にされる血まみれの罪人の絵。歴史書からヒントは得られないかと事務所近くの図書館に来た。本を開けば考察に事足りる材料があった。
刑場が近いことでこの辻には常に澱や思念が流れ込んでいた状態だった。辻斬りが横行していたのもその影響だろう。死者を出すこの辻は恰好の狩場なのだ。
ページをめくると江戸時代から順を追って通りが開拓されていく写真が並べられていた。昭和初期まで砂利道だったのが徐々に舗装され現代の見慣れた姿に変化していく。辻の脇に立つ木造家屋も時代が過ぎ去るとコンクリートのビルに建て替えられてしまった。
しかし、一つだけ変化のないものがあった。写真の中に小さく映るのは米粒サイズの地蔵だった。ぽつねんとたださらされていただけの地蔵が、時代が流れ、祠に囲われ雨風をしのげるようになっていた。天鬼は手許のタブレットで衛星地図を検索する。北東にある小さな祠は、データの中でも健在だった。しかし、天鬼の持つデータ資料には無残にも消え去った地蔵の祠。次のデータにはひしゃけた青いスポーツカーが広場に突っ込む現場写真だった。
「何があったんだろう……」
つい口からこぼれた言葉が静寂に溶けていった。不安因子は極力つぶしていきたい。しかし、不安材料は予測を見出すことなく天鬼の脳内に転がっている。あらかたの予想を付けたはずだが、資料を読めば読むほど輪郭がぼやけている。追いかけているものは本当にいるのだろうか。
思考を浮上させたのはポケットの中の携帯だった。継続的に震えていることから着信だろう。震えが止まった。あらかた調べ終わったし帰ろうかと思っていたところだった。身の回りを片し、荷物をまとめすぐに外に出た。折り返す相手は碓井だった。
社用車で向かう先は佐伯邸。新少年との会話をする予定らしい。
「図書館では何を」
「現場の歴史について調べていました。ヒントがあると思って」
天鬼の言葉を聞き「良いですね」と、頷く碓井。
「何か収穫はありましたか」
そして、天鬼は調査内容、自分の考察、現場への影響を報告した。
「現場にあった地蔵は江戸末期から確認できています。それ以前もあったと考えると封印されていた何かが影響していると予想していたんですが」
「鬼門の位置ですし、破損した時期と事故が起こり始めた時期が一致します」
碓井との認識のすり合わせも問題なくできた。しかし、天鬼は不安げだ。
「私は、地蔵に封印されていたのは辻神だと思っていたんです」
「ぼくもです。その線で調査を進めていました」
しかし、天鬼は碓井たちがまとめた話を聞き自信がなくなっていた。辻神に人を殺す強制力は持っていない。辻神の常套手段は神隠しだ。せいぜい煉獄に引きずり込み、煉獄での死亡を待つくらいだろう。
「現場の交差点、又五交差点の名前を聞いておかしいと思いませんか」
又とは差路を意味する漢字。現場の辻を意味するものだった。
「おそらく昔から使われている地域の名でしょう。刈場通りと一緒です」
しかし、当てられた数字は五。通りの数と合わない。
「ぼくの考えでは五つ目の道は煉獄への道ではないかと思っています」
五つ目の道を通り人が消える。
辻は境界があいまいになる。しかも、辻神が棲みついているならば神隠しが頻発してもおかしくない。
だから、天鬼の考察は間違っていないと。
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