神隠し

4-1

 最後に見たものは烏。

 ぬかるむ泥に沈んだ私の目の前にいた。とんとんと地面をつつき私を見る。烏が地面をつつく度、ぐちゃぐちゃと心地の悪い音がした。


 次に気が付くと、私は民家の中にいた。誰もいない。見覚えのない、知らない家。ここが居間だということはわかる。

 傘をかぶった蛍光灯。掛けられた柱時計。黒電話の乗る電話台。敷き詰められた畳。大きなブラウン管テレビ。

 この家で、ただ一つおかしな点があった。窓も扉も、出入り口となるものが一切なかった。


 私はその部屋で、ただ座っていた。雨でぬれたカッパも、泥で汚れた長靴もそのままに。じっと座り込み、動かず、何もしなかった。ただ目の前にあるテレビを見つめ、映る砂嵐を目に焼き付けていた。


 どうどうと吹きすさぶ風の音が聞こえる。家が揺れ動き、軋む柱の音が聞こえる。壁を叩く、雨粒の音も聞こえた。どうやら、外は嵐らしい。


 溶けていく思考の中、ここが現世ではないことだけはわかった。一人の時、神隠しにあったらどうするんだっけ。何かを聞いた覚えがある。それがどこの誰だかは、もう思い出せない。


 ――ザー……


 砂嵐がうるさい。この音をきいていると、テレビから目がはなせなくなる。なにも考えられない。

 砂嵐のなかに、何かあるのをみつけた。黒い影。とおくにある。それはひょこひょこと弾みながら大きくなっていく。近づいている。どこかでみたことがあるような気がする。


 からすだ。こんこんとブラウン管のなかから画面をつついている。首をかしげ、またつつく。こんこんとつつくたびに、ぐちゃぐちゃといやなおとがする。どろのせいじゃない。ぐちゃぐちゃしているのは、からすのからだだった。


 ひとつ、おもいだしたことがある。だれかがいったことば。そういういみだったのかと、いまならわかる。


かあしゅあね、からすがね、ぃでぃでってしゅうのおいでおいでってするの



 暴れ狂う風と共に雪崩れ込んできたのは大量の烏だった。備品をなぎ倒し書類を巻き上げながら事務所の中を旋回する烏たちはひどい悪臭がした。

「これ誰が経費申請すんのよー!」

 飯綱はその場に伏せながら叫んだ。

「そんなことより早く管狐出してくれませんか!」

 手ごろなファイルで頭を隠しながらハイネが言う。電話を終えた武塔が匍匐前進で彼女たちに近づいてきた。

「とりあえず、煉獄に行こう。この烏を現世に残しておくのは大変まずい」

「ついてきますかね」

「烏の目的は僕たちだ。僕らが嗅ぎ回っていることに気づいたんだろう。煉獄に行けば勝手についてくるとみていい」

 相変わらず頭上を旋回し続ける烏たちを見た。狭い室内を飛び回るせいであらゆる場所にぶつかり、ヘドロのようなしぶきを上げて落下していく。

「それに、このままじゃ掃除が大変そうだ」

 武塔が言葉を言い切るが早いか、一同は一気に事務所を駆け抜けた。


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