1-5

 来客にさして驚く様子もなく、慣れた様子で会釈をし、階段を登って行く新。この一週間で染みついた習慣だろう。

 その様子を見ていた碓井が天鬼と目を合わせ一つ頷く。

「すみません、息子さんにもお話しを伺いたいのですが」

「息子は、遠慮してもらえませんか。まだ、子供ですし、健介と仲が良かったのでひどく落ち込んでいて……」

 そこまで言うと嗚咽を漏らしながら肩を震えさせる佐伯夫妻。ぽたぽたとテーブルに涙が増えていく。

 二階で控えめに扉の閉まる音がした。新は私服だった。学校には行っていないらしい。夫妻の言うことはもっともだ。仲がいいのなら傷心して当たり前だし、一週間かそこらで何とかなる問題ではない。天鬼は痛いほど気持ちがよくわかった。

 次回に持ち越そうと目で訴えると、状況を鑑みて良しと判断したのか、碓井は頷いた。

「不躾なことを大変申し訳ありません」

 そう頭を下げたが、夫妻はすでに満身創痍だった。

「また、改めます」と、伝え二人は佐伯邸をあとにした。


 一同が戻る事務所にはまだ電気がついていた。一人帰りを待つ武塔の姿を想像し、にやりとほくそ笑むのが波羅だ。なんと言って労わってやろうかと考えながら扉を開けると意外な人物が部屋にいた。

「神来社さん?」

 そう声をあげたのは天鬼だった。所長と何やら話し込んでいたようだった。

 あの事件依頼、顔を合わせる間もなく、いつものように放浪に出た神来社。各地で事件を解決したと報告の電話をとったことがあるくらいで、面直で顔を合わせるのは初めてだった。

「ええ? 黎さんいんの? マジで? 今日、雪降るんじゃない?」

「降らせてやろうか?」

 ほくそ笑む神来社の言葉に「やめてよ! 天変地異じゃん!」と、騒ぐ波羅。本当にできてしまうから質が悪い。それくらい事務所にいることが珍しい人物だった。

「あの、神来社さん。この前は助けていただき、ありがとうございました!」

 深々と頭を下げる天鬼に「おう、気にすんな」と、軽い返答。大したことなどしていないと言わんばかりの貫禄だった。

 あの日を境に、天鬼の中で神来社は目標となっていた。一目見たときから、神来社のしびれるような強さが目標だった。たとえ力が使えなくとも、能力が開花せずとも、神来社のような人になりたいと、強く心に刻みつけていた。

「じゃあ、今の話はまた今度……」

「今度もあるかよ。これで仕舞いだ」

 武塔の言葉に被せるように神来社が言うと、「じゃあな」と、さっさと部屋を出ていってしまった。

「珍しいこともあるんですね」

 佐藤の言葉に苦笑した武塔は「調査はどうだった?」と、訊ねる。

「共通認識として夢を見ると死ぬといううわさが蔓延しているようです」

 通りゃんせの流れる夢を見、その三日目に死んでしまう。

「とはいえ、夢に死を実行させる強制力があるとは思えないんだよね」

「夢を見て死んでいないという人もいるそうで……信憑性は薄いですが」

 腕を組み眉間を揉む武塔は「んん……」と、うなる。

「もう一度現場を見に行くのがいいのかもね」

「そう思います」と、碓井が頷く。

「再度佐伯邸に伺う予定なので、それまでに調査は進めておこうと思います」

 これ以上犠牲者を出さないためにも。

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