4-3

 煉獄の空を覆いつくすほどの烏。いくら倒してもどこから湧いてくるのか、一向に数が減ったようには見えない。

「きりがない……!」

 汗をぬぐう間もなく、ハイネはライフルを構えた。正直言って、大群にこの武器えものは不向きだ。飯綱と武塔が頼みの綱だった。

 足元に落ちた烏は踏みつぶされ、最悪の足場になっていた。

「これ減ってる?」

「むしろ増えてるような気がします」

「同感だよ」

 空を見上げながら武塔はため息を吐いた。

 話し込む男性二人を見た飯綱は「こらー!」と声を上げる。

「ちゃんと働きなさい! あたしがほとんどやっつけてるじゃない」

「頼りにしてるよ」

「もー、所長がぱぱっと片付けてくれません? あたし疲れた」

「そうしたいのはやまやまだけど、そんなことしたらここら一帯更地になっちゃうから……がんばってね」

 曲がりなりにも「煉獄保全管理局」の看板を掲げている身。なので緊急事態ではない限り破壊行動はあまりよろしくない。

 泣きまねをする飯綱が「労基に訴えてやるー!」と、狐を烏にけしかける。何十羽もの烏を嚙み潰しているせいで狐たちは真っ黒だ。

 すると、どちらの狐も動きを止め、耳をピンと立てた。異変に気付いた飯綱がじっと彼らの様子をうかがう。視線の先は事務所の玄関。飯綱もつられてそちらを見る。

「主、来ます」

 どちらの狐が言っただろうか、それを確かめる暇はなかった。

 暗い廊下の奥からやってきたのは見慣れた姿。神来社からいとれいだった。

「いつからN-3うちは廃墟になったんだ?」

 怪訝そうに歩いてくる神来社。安堵のため息をついた飯綱が「黎ちゃん!」と、駆け寄る。

「廃業したのかと思ったぜ」

「現在進行形で廃業寸前ですよ」

 ハイネの嫌味が止まらない。どうやら絶好調なようだ。

「そんなことよりアレ、サクッとやっつけてくんない?」

 ぎょっと眼を見開いた神来社が「所長がやればいいだろ」と、驚く。

「ほら、僕加減ができないから」

「なんだよ、そういうことか。任せな」

 にっと口角をあげた神来社は「全員下がってな」と、前へ出る。グローブのベルトを締めなおすと、腰を落とし構えに入る。

 何をするでもない。ただ拳を叩きつけるだけ。ただそれだけで、神来社の神通力は核を貫く。

 深く息を吐いた。きつく握りこんだ拳をアスファルトに叩き込む。衝撃、破壊、雷撃。蜘蛛の巣を張るように伸びた先には空に舞う無数の烏。糸が切れたかのようにぼとぼとと地面に落下する。視界が開け、空が見えるようになった。

「あらかたの掃除は済んだ。あとはどうする?」

 落下した烏をぶちぶちと踏み均しながら戻ってくる神来社。

「至急救出に向かってもらいたい。が危険なんだ」

 ピクリと片眉をあげた神来社が視線を武塔へ向ける。神来社の顔から表情が険しくなる。

 天鬼が行方不明なこと。澱の発生原因。被害状況。対象エリア。諸々の説明を付けると神来社は「すぐに向かう」と脚を向けた。

「黎ちゃん、待って。右近を貸す。新人ちゃんの臭いを知ってるから追わせて」

「あさきたちは」

「あたしたちは残った烏を殲滅する。だから頼んだよ」

「わかった」

 そう言いきるよりも早く、神来社は駆け出していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る