34、シャトラン東方沖海戦4
【新暦2445年8月18日AM8:13】※現地時間
「また来るぞい!」
メーレンの鋭い声。
ブレスの第1撃終了から、まだ5分もたっていない。
なのに巨大飛竜は、すでに予備動作に入っている。
「はぁはぁ……」
メーレンの背後にたつ魔導師12名の息が荒い。
想定していたより魔力の消費が激しいようだ。
それでも両手を前に差し出し、魔力を供給する姿勢を崩さない。
――ゴオオオオオー-ーッ!
怒涛の第2撃!
「おのれーっ!」
メーレンの気合と同時に、ふたたび魔導障壁が構築される。
四方に散らされるブレス。
しかし散ったブレスの片鱗だけで、艦橋正面にある耐爆ガラス製の窓にヒビが入りはじめる。
「ううむ……艦橋外側が、かなり熱を帯びてきたようだ。このままでは溶けるぞ」
魔導師たちの背後で様子を伺っていた山本。
思わず声を上げた。
「長官、まだ大丈夫です」
横にいる黒島亀人が、ずいぶんと余裕のある表情で進言する。
「なぜ、そう言い切れる?」
「艦務参謀が行使した【艦体回復】スキルが機能しています。徐々に回復するスキルですので体感しにくいですが、着実に元にもどっています。
なので艦橋後部にいる艦務参謀がやられない限り、まだ持つはずです。まあ艦体回復の速度と、艦橋の外板が溶け落ちる速度の勝負ではありますが……」
よく聞いてみれば、まったく安心材料になっていない。
黒島の進言を無視するかのように宇垣参謀長が割り込む。
「長官……危なくなったら、すぐに司令塔へ下がってもらいます。その判断は私に一任させてください」
一度はわがままを通した山本だけに、これは断れない。
「わかった。宇垣の判断にしたがう」
「なんとか、しのいだぞい……」
ふと見るとブレスが終了している。
今回もメーレンと魔導師たちの活躍で、なんとかなったようだ。
ブレスの終了と同時に、窓に入ったヒビが目に見えて修復されていく。
たしかに【艦体回復】が機能している。
全員がひと息ついた瞬間。
――ドドドドドドーッ!
鈍い重低音と共に、大和が大きく左右に揺れた。
「何が起こった!」
いち早く山本が声をあげる。
その声に答えたのは、艦橋の右舷側にある窓を見ていた伝令要員だった。
「……や、大和の右舷、艦橋直下および煙突直下、後部マスト直下付近に巨大な水柱が上がっています!」
左舷の窓に張りついていた観測員が、別の報告をした。
「……魚雷か? いや、魔王国軍は魚雷を持っていないはずだが?」
「左舷に巨大な何か……よくわかりませんが、鯨のような生物らしきものが衝突しています!」
声に釣られて山本も左舷の窓を覗きこむ。
そこに見えたのは、全長50メートルを越える鯨に似た海棲魔獣だった。
しかも左舷だけで3匹。
それぞれ頭を喫水付近にブチ当て、なおもめり込ませようともがいている。
『こちら甲板長! 両舷のバルジ喫水下に巨大魔獣が突入! 巨大魔獣は1本の角を持っています。その角がバルジ外板を貫通し、バルジ内の注水区画にまで達している模様! 現在浸水大のため被害の程度は不明!』
山本が意識を集中していた甲板長から、逆念話により返答があった。
それは艦橋にいる全員にも聞こえている。
「長官、魔獣の角の大きさを聞いてください」
すかさず黒島が進言する。
山本は言われるままに念話を送った。
『角の全体像はわかりません! ただし根元は見えています。根元の直径は1メートル強、バルジ注水区画にまで達しているので、推測ですが長さは5メートル以上あると思われます!』
「ブレス、第3撃が来るぞい!」
艦橋内は混乱状態だ。
それでも誰もが、懸命に自分にできることをこなしている。
黒島が状況を分析した結果を口にする。
「長官、両舷に体当たりされて幸いでした。破壊されたのも注水区画ですので、このまま放置しても艦の安定に支障はありません。ただ、魔獣が突き刺さったままですので、速度は大幅に落ちるはずです」
「なるほど……片舷だけの被害だと、浸水したぶん反対側の区画に注水しなければならんが、その手間が
おそらく敵は大和の構造を木造の帆船と同じと考え、一気に大浸水を起こさせるつもりで両舷突入を
近代戦艦は、色々と沈まない工夫がなされている。
バルジの注水区画もそのひとつだ。
魚雷などが片舷だけに命中すると、そこから浸水して艦が傾く。
それを防ぐため、反対側にある注水区画に水を入れ艦の水平を保つのだ。
今回は偶然にも両舷に穴があいたせいで、両側ともに同じくらい浸水した。
その結果、艦が傾くことはなかったのである。
「楽観はしていられませんよ。おそらく魔獣の突入は大和を足止めするためでしょう。立ち往生した大和を巨大飛竜のブレスや飛竜の火炎弾、それにアレ……」
そこまで言うと、黒島は左舷前方の海を指さした。
なんと!
そこにはいつのまにか、ワンガルト海軍のガレー船部隊が忍びよっていた。
「前回失敗したのに再度やってきたということは、なんらかの打開策を用意してきているに違いありません。今度は海狼部隊が乗りこんできますよ。すぐに警備部隊を配置につかせるべきです!」
さすがに黒島も余裕がなくなってきた。
かなり早口で進言している。
「艦長! いまの話、聞こえたか!?」
「はい! ただちに警備部隊を出動させます!!」
大和のことは艦長の専任事項。
そのため山本は、すべてを艦長にゆだねることにした。
「山本長官様!」
GF長官の命令をさえぎるのは最大の禁忌だ。
しかしルミナはそれを承知の上で、あえて声を張りあげた。
「大和には前回捕虜にした海狼族を乗艦させています。彼らに説得する機会を与えてください! もちろん降伏しなければ殲滅も仕方ありませんが……」
ルミナのいう通り、艦内警備部隊に加えて海狼族部隊を戦闘要員として乗艦させてある。これは敵の特攻隊が乗りこんで来ることを想定しているからだ。
乗艦している海狼族は、すべて人族連合に寝返った者たちだ。
寝返る条件として、シャトランに幽閉されている人質を解放するよう要求してきた。
連合艦隊としても人質は助けたい。
互いの思惑が一致した結果の共闘である。
山本は一瞬の躊躇もなく再び声を張りあげた。
「艦長、聞いた通りだ。大和の両舷に海狼族部隊を配置してくれ。まずは説得だ。ただし万が一に備えて、上甲板の各所に射撃部隊を配置してくれ」
「了解しました!」
本来なら長官の越権行為にもかかわらず、艦長はすべてを受け入れてくれた。
「……忙しいところ済まぬが……魔力が切れそうじゃ」
メーレンが額に汗を垂らしながら、首をネジ曲げて言ってきた。
魔導師たちが次々と倒れていく。
魔力枯渇により気を失ったのだ。
「もう少しでブレスが終る。そこまで何とかならんか?」
山本も必死だ。
ここで魔導障壁が消滅したら、わずかな時間で艦橋は壊滅する。
「長官! ただちに司令塔……」
宇垣が反射的に叫ぶ。
その声は、敗北を伝える禍禍しい響きを伴っていた。
「お待ちください!」
黒島が阻止する声を出した。
叫びながらメーレンの背後に廻りこむ。
「私が魔力を供給する。それで何とか持たせる」
言うと同時に両腕を前に伸ばし、メーレンの背中に両掌を当てる。
またたくまに2人の身体が金色のもやに包まれはじめた。
「……お、おう、なんと濃ゆい! おぬしの濃ゆくて熱いのが、どくどくとわらわの中に注がれてくるぞい!」
いや、言いたいことはわかるが……。
「当然です。私の総合レベルは60を越えてますからね。他の者の2倍ですよ。MP総量も2万以上です。なにせ寝ている時以外は、瞑想や想定演習でスキルを鍛えてますから。
ですから質と量の双方において他者を圧倒していて当然です。どうですか、私の魔力で何とかなりそうですか?」
「う、うむ。勇者の魔力が凄いとは聞いておったが……これ程とは! これなら、あと6回ぐらいはしのげそうじゃ! まあ、この量を持続的に供給できての話じゃが」
「大丈夫です。いまの供給量は8割程度ですから、あと2割はパワーアップできます。パネルで確認しても、分速で3000MPほどの供給量ですので、最低でもあと7分は持たせられます」
「敵の飛竜が何度ブレスを射てるか判らんが……そう長くは持たんじゃろう。しかし、新たに瘴気結晶を供給されると大変じゃ。その前に、なんとか策を」
黒島は魔力を供給する姿勢のまま、視線だけ山本にむける。
「長官、砲術長の準備はまだでしょうか?」
「艦長、儂から直接聞いてよいか!?」
「非常時ですのでお願いします!」
本来なら艦長経由で聞かねばならないが、それを省略した。
『砲術長、射てるか?』
返事はすぐに来た。
『まだです! さきほど魔導照準が整いつつあったのですが、魔獣の体当たりで元の木阿弥になりました。いま再設定しているところです。完了したらすぐにお知らせします!』
『艦長への確認はいらん。再設定が完了したら、ただちに撃て!』
『了解しました!』
砲術長は檣楼トップの射撃指揮所にいる。
山本は、射撃指揮所との念話回路をしばらく直結させることに決めた。
「魔王国軍め……何がなんでも大和の指揮能力を奪うつもりだな。そうはさせるか!」
混乱が深まる中、山本の決意が艦橋に響く。
連合艦隊はいま、大変な苦境に立たされている。
果たして……。
黒島亀人と山本五十六の練った策が、起死回生の打開策となるのだろうか。
まだまだ戦いは続く。
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