23、とある作戦会議


【新暦2445年8月8日PM7:00】※現地時間



 アスファータにある人族連合軍本部庁舎。

 とはいっても、巨木のからんだ枝の上に作られた木造家屋群だが。

 そこで緊急の作戦会議が開かれようとしている。


 会議が開かれることになった理由……。

 事の発端は、アスファータ水上機基地に所属する2式飛行艇2番機が、敵地となるワンガルトのフレメン半島方面へ強行偵察に出たことに始まる。


 2式飛行艇は、連合艦隊に1機しか存在しない。

 輸送隊の特殊水上機母艦【秋津州】が搭載していたものだ。


 幸いにも【魔法複製】のレベルが上がったことで量産コピーできるようになった。これでようやく組織的な長距離航空偵察が可能になったわけだ。


 とはいえ……。

 【秋津州】に搭載できる2式飛行艇は、あいかわらず1機のみ。


 そこで残りの複製した3機は陸上基地に配備することになった。

 アスファータのすぐ近くにある小さな浜に【水上機基地】を設営したのだ。


 水上機基地には、2式飛行艇のほかに、6機の水上偵察機/4機の水上戦闘機が配備されてる。まだ数は少ないものの、これらでリーン諸島周辺の偵察を実施することになったのである。


『フレメン半島の要衝ようしょう【港町シャトラン】に、新たな魔王国海軍の艦隊が集結中』


 さらに悪い知らせが重なった。

 別の飛行艇によるフレメン半島北西海域の索敵で、半島の北端をめざすベルガン海軍の大規模艦隊と、周囲を厳重に守る大型海棲魔獣の群れが見つかったのだ。


 これらはすべて、シャトランをめざしている。

 あきらかに再侵攻のための集結だ。


 シャトランに入港させてはならない。

 万全の態勢を整え、ふたたびリーン諸島へむけて侵攻してくるからだ。


 いまのところ敵飛竜部隊は未確認。

 だが飛竜部隊は、陸上基地を経由して短時間で集結することが可能だ。

 ギリギリまで姿を見せないため安心などできない。


 ふたたびリーン諸島を巡る戦いが始まろうとしている。

 前回は明らかな準備不足だった。

 迎撃するだけで精一杯だった。


 だが、今回は違う。

 連合艦隊の魔道具化は順調に進み、隊員の能力発現やレベルアップも進捗しんちょくしている。

 ここまでくれば、人族連合軍との合同戦闘や、こちらから仕掛ける奇襲戦も可能だ。


 そこで最大効率で敵を撃破するため、緊急の合同作戦会議が開かれることになったのである。



※※※



「彼我の速度差を考えると、こちらから積極的に討って出て、敵艦隊を撃滅すべきだと思うが、どうだろう?」


 丸い大きなテーブルを囲むようにして、連合艦隊と人族連合の主だった者たちが席についている。


 いま発言したのは山本五十六長官。

 右隣りに宇垣纏参謀長、その隣りには護衛隊の阿部弘穀あべひろあき少将と輸送隊の大森仙太郎少将、左隣りには長官専任参謀の黒島亀人大佐が座っている。


 山本長官の対面にあたる席にいるのは、人族連合議長のイヤマク・ヤーマセン。

 イヤマクはリーン諸島にいる100人に満たないハイエルフ族の首長でもある。


 イヤマクの右隣りには、グンタ国から派遣されてきたドワーフ族全権大使のボルグル・グストマル。


 その右にはリーン諸島に臨時亡命政権を設置した、ワンガルト族長会議の代表であるシェラント・バウリア族長が座っている。


 イヤマクの左隣りには、リーン諸島エルフ族代表のイーヤセン・モリク女史。その隣りにはローンバルト国亡命大使(赤熊族)のゴッセル・ブルマンがいる。


 本来ならレントン国代表大使もいるはずだが、都合で欠席となっている。彼は北龍星作戦を円滑に遂行するため作戦艦隊に随伴していて不在なのだ。


 そこでイーヤセン女史がレントン国代表代理も務めることになっている。


「ヤマモト長官。儂は軍事にはうといが、質問してもよろしいかね?」


 イヤマク・ヤーマセンが、右手に持った木の杖を少し掲げて、発言の許可を求めてきた。


 この会議には人族連合の慣習により議長がいない。

 そのため、事前にフリートーク形式で行なうと通達してある。


 この形式だと、いちいち山本長官に発言の御伺いをしなくてもいい。

 しかし1000歳をゆうに越えるハイエルフの最長老は、なにかと格式を重んじるらしい。


「どうぞ御自由に質問なさってください」


 イヤマクに比べれば、山本長官など青二才もいいところだ。

 その思いが長官の戸惑いに現われている。


「海の上での戦はそれで良いとして、人族連合軍から出す上陸部隊は、本当にシャトランを奪還できるのかのう?」


 今回の作戦では、まず海上で敵艦隊を迎え撃つ。

 敵艦隊を撃破したら、シャトラン南西にある浜辺に上陸作戦を実施することになっている。


 上陸作戦に参加するのは、護衛隊に守られた輸送隊分隊(揚陸母艦【開門丸かいもんまる久重丸くじゅうまる】を中心とする16隻の輸送部隊)だ。


 イヤマクが心配しているのは、上陸部隊の主力が人族連合陸軍だからだ。


 連合艦隊所属の陸戦部隊は、部隊の半数近くを北龍星作戦に出している。そのためリーン諸島の防衛を考慮すると、出せる部隊は最大でも陸軍一個師団のみとなる。


 海軍陸戦隊は、これ以上細切れにすると部隊としての機能を喪失してしまう。そこで今回の参加は見送られた。


 つまり……。

 シャトラン奪還作戦は人族連合軍を中心として行ない、帝国陸軍は補佐を務めるしかないのだ。


「それについては、こちらに居られる帝国陸軍の山下奉文やましたともゆき大将にお尋ねください」


 そういうと、腕組みをしたまま黙っている山下奉文を指名した。


 ちなみに山下大将は、勇者召喚後に大将へ昇格している。

 これは陸軍部隊の最高指揮官に抜擢されたからだ。

 役職も上がり、方面軍司令長官から陸軍司令長官に格上げされた。


「うむ、説明とかは得意ではないのだが……」


 そう前置きした山下。

 右隣りにいる安達二十三あだちはたぞう中将をちらりと見る。


 安達中将は、ハワイ作戦では第37師団長として参加していた。

 それは今も変わっていない。

 目線で発言をうながされた安達中将は、やや照れ笑いを浮かべながら話しはじめた。


「……帝国陸軍の作戦実動部隊を任されている安達と申します。山下司令長官は現在、北龍星作戦の最高指揮官としても動いておられますので、今回の作戦の最高指揮官と兼任となります。

 そのためアスファータを離れることが出来ませんので、現場の指揮官は私めが担当することになりました。

 そこで御質問の件ですが、今回の作戦は海軍部隊と上陸部隊による連携作戦となります。

 すなわち海軍部隊が海戦を行なって事前に海上の敵を払拭ふっしょく、その後、上陸部隊は阿部弘穀海軍少将の護衛隊に守られつつ、迅速にシャトランへ上陸することになります。

 よって上陸部隊が、フレメン半島を廻りこんでくる敵艦隊によって、背後を脅かされる可能性はありません」


 相手が軍事の素人のため、安達中将の説明は丁寧ていねいに行なわれた。

 説明を丸投げした山下大将も満足そうだ。


「説明ありがとうございます。しかし……のは、いささか問題があるのでは?」


 海狼族は、ついこの前まで敵として襲ってきた。

 しかも捕虜にした戦闘員だ。

 にわかには信用できないと感じて当然だろう。


 これには山下大将が答えた。


「話を聞けば、ワンガルトの獣人たちは家族や親戚を拉致され、魔王軍を裏切れば人質を殺すと脅かされているそうですな。誠にもって卑怯千万、許しがたい行為である。

 なので……先日捕虜にした者たちは、。そうしておかないと、彼らの家族が危うい。

 これらの措置を彼らも納得した上で、上陸部隊へ志願するか問うてみたところ、ほぼ全員が隠密部隊としてなら是非参加させて欲しいと申しております。

 彼らとて、1日でも早く家族や親戚を助けたい。その思いは痛いほど理解できる。そして我々は1人でも戦力が欲しい。この一点について双方が合意したのであります」


「彼らは表むき捕虜ではないと? 最初から人族連合に所属する獣人部隊の一翼に擬装してある……そうおっしゃるのですか?」


 イヤマクは驚いた表情を浮かべている。

 どうやら人族連合内での連絡がうまく行っていないらしい。


 それに気づいたワンガルト族長会議のバウリア族長が、あわてて手を上げた。


「申しわけない。その話、我々のところには来ていて、我々としても同意したのじゃが、人族連合への通達がまだじゃった。

 捕虜にした彼らは、あくまで過去にリーン諸島へ逃れてきた獣人たちとなっておる。実際に避難民から志願をつのり、それらに紛れさせることにした。

 魔王国軍は、いちいち獣人族の個体識別なんぞせぬ。やつらにとって獣人とは、魔獣と同格……使い捨ての存在ですじゃ。

 よって彼らの裏切りが露呈ろていすることはない。捕虜の者たちのことは、獣人部隊内では最高機密扱いになっておる。そのため同じ部隊にいる他の獣人たちも知らん」


 今回の作戦は、人族連合が主軸となっている。

 しかも中心となるのはワンガルトからの避難民たちだ。

 祖国奪還の大義をかかげられるのは、ワンガルト王国出身者しかいない。


 その亡命政権代表が大丈夫と言っている。

 となると、他の種族がこれ以上の悶着を起こすのは問題が発生する。


 そう思ったらしいイヤマクは、この場は了承することにした。

 あとで人族連合内で擦りあわせをするつもりになったようだ。


「亡命政権が納得しておられるのなら、我々としては了承するしかないのだが……」


 ここでエルフ族代表のイーヤセン・モリク女史が挙手した。


「連合議長。これ以上、人族連合の内部事情で作戦会議を遅らせるのは、勇者の皆様に失礼ではないでしょうか。

 そこで人族連合としては、この会議が終了したあと、ただちに族長全体会議を開いて意志統一を計るのが最善だと思いますが……いかがでしょう?」


 これ以上人族連合の恥をさらすべきではない。

 モリク女史は、そう言いたいらしい。


「それもそうだな。勇者の皆様には戦いに専念してもらわねば」


 イヤマク議長も賛成らしく、ほぼ全面的に意見を受け止めた。


「……それでは、今回の【フレメン半島作戦】について、具体的な説明を行ないたいと思います」


 人族連合内で話がまとまりそうだと感じた山本長官。

 議長でもないのに、さっさと音頭を取りはじめた。

 ここらあたりは、山本長官の目立ちたがりな個性といったところか。


「では、個々の作戦については、こちらにいる宇垣纏GF参謀長と黒島亀人長官専任参謀から説明させていただきます」


 長官は宇垣を指名したが、これは参謀長を立てただけだ。

 実際には黒島参謀が最初から説明することになっている。


 このあたりの機微は慣れたもの。

 黒島がちらりと宇垣に目配せし、かるく参謀長がうなずく。

 あとは黒島が率先して話しはじめた。


 ちなみに陸軍側の作戦説明は、人族連合軍総司令部長官が行なうことになった。

 これは主力が人族連合軍だからだ。

 もちろん安達中将が補佐をする大前提での話である。


 ともかく……。

 まったりと作戦会議をしている時間はない。


 いまこうしている間にも、敵艦隊はフレメン半島を回り込みつつある。

 幸いにも帆船のため速度が極端に遅いので、まだ間に合う。


 海戦を行なうために出撃するのは、前回の出撃とほぼ同じ部隊だ。

 すなわち連合艦隊主隊と第1機動艦隊となる。


 そして上陸作戦を担当するのは重巡【最上/三隈】を中核とする護衛隊と第1駆逐戦隊、第3機動艦隊。これに揚陸母艦【開門丸/久重丸】を中核とする輸送部隊となる。


 リーン諸島を守る留守役は、第2/第3駆逐戦隊と護衛軽巡【香取/鹿島】、それに護衛駆逐艦12隻のみだ。


 ほぼ主力艦すべてが出撃する。

 海軍の常識を大きく外れた賭けに近い作戦だ。


 それだけに……。

 どこかでほころびが生じると、のちのち大きな問題となる可能性が大きい。


 それでも、ない袖は振れない。

 誰もが天王山の戦いになると思っている。

 リーンネリアの運命を決める戦いなのだ。


 だから無理をしても出る。

 さすがはバクチ打ちと言われた山本長官の采配だった。


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