24、エルバ断崖1


【新暦2445年8月9日AM9:00】※現地時間



 所変わって、こちらはレバント海峡方面部隊。


『小隊の移動が徒歩じゃ話にならん!』


 そう工藤先輩が中隊長に文句を言った。

 そしたら移動手段として、


 ぜんぶ米軍装備を【物資召喚】して【複製】したものだ。

 なんかこっち来てからの日本軍って便利になりすぎ。

 兵学校では『精神力で何とかしろ』って教わったのに。


 ジープには僕――三島友輝と先輩、そしてサリナとミーシャ。

 僕と女性2人の世話役として、酒井充さかいみつる上等兵の5名が乗りこむ。

 残りの小隊員は6輪トラックの荷台だ。


 でもって……。

 このジープ、地球の米陸軍が採用してた【ウイリスMB・ジープ】なんだけど。

 車載銃架に12・7ミリのM2重機関銃を取りつけたものになった。

 これって工藤先輩が嘆願したらしい。


 重機関銃があれば、ジープだけでもかなりの戦力になる。

 しかも酒井上等兵は、レベル1ながら【複製】の魔法を習得している。


 レベル1だと、かなり制限がきつい。

 弾丸や手榴弾などの小物、拳銃(小銃は不可)程度しか複製できない。


 それでも弾丸をMPが尽きるまで無制限に複製できる。

 いざ孤立した状況での戦闘って状況になれば、これほど力強い味方はいない。


 で……。

 意気揚々と車輌で高速移動できると喜んでいたら。

 すぐトンデモない妄想だとわかった。


 そもそもリーンネリアには、機動車輌を考慮した道なんか存在しない。

 良くて4頭立ての馬車か2頭立ての魔獣荷車が通れればいい道ばっか。

 そのため、ジープはともかくトラックが走れる幅がないのだ。


 でも、そこは工藤先輩。

 あっと驚く方法で解決してくれた。


 その方法とは……。

 道以外の場所を走る!


 レバント近郊の浜辺から山エルフの拠点までは、凍土混じりの荒野が続いている。

 地面が固いためスタックする恐れはない。


 荒野には背の高い草の他に低い潅木も生えてる。

 だけどそれらは、ラフロード仕様の軍用車にとっては問題にならない。

 さすがに針葉樹の森には入れないけど。


 注意しないといけないのは、草木に隠れて存在する小川や沼地だ。

 調子にのって地形を探らないまま突進すると、まず間違いなく車輪が埋まって動けなくなる。


 そこで、さらに中隊司令部に無理を言った。

 そしたら【97式側車付自動二輪車】が2輌も来た。


 これ、簡単に言えばサイドカー付きのバイクだ。

 しかも、なんと


 日本軍の制式車輌のくせに米国仕様……。

 だから、それなりに性能もいい。


 ちなみにこれは、物資転送で得たものじゃない。

 勇者召喚前から陸軍にあったもの。

 通称は陸王内燃機の【クロガネ】だ。


 2輌のバイクを先行させて荒野を走らせる。

 これは偵察任務を遂行するという意味もある。


 1272CCもある大型バイクだから、泥濘でいねいからの脱出能力は四輪より高い。


 間違って小川に入っても、2人がかりなら抜け出すことも可能だ。

 それでもダメなら、いったん放置して護衛小隊が到着するまで待てばいい……。


 さすが無駄に豪快な先輩の発案だよね?


 ところが……。

 期待のバイク偵察隊が2回ほど小川と沼地に足を取られた時点で、車輌移動自体が終わりになってしまった。



※※※



「えーっ! これを登るんですかー!?」


 反射的に声がでた。


 隣りには山エルフ部隊のレクチル・イアンカがいる。

 彼が指さす尖塔のような岩山を見て、思わず声をあげてしまった。


 目の前には小さな砦がある。

 大きめの石と木材で二重の塀を作ってある。

 塀に囲まれてる土地はせまく、建物も掘っ立て小屋みたいなのが3棟あるだけ。


 それもそのはず……。

 この砦は、奥に見える岩山へ登る道を守るためだけに設置されたんだって。


 岩山の麓にはぐるりと池が掘られ、そこに木製の跳ね橋が掛けられてる。

 跳ね橋のむこうには凹型の石垣がある。

 敵がここまで攻めてきたら、石垣もろとも破壊して道を閉ざす仕組みらしい。


 石垣の先には、石段と岩肌を削って作った小道が続いている。

 機動車輌どころか、人が1人、なんとか歩ける幅しかない。

 そこを完全武装の状態で、物資まで担いで登るのはかなり危険。


「頂上に【渡り小屋】があります。そこから皆様には【峰渡り】をして頂きます」


 レクチルが笑顔で、なにやら不穏な事を言った。

 見た目は日焼けした温厚なエルフの青年。

 だけど山岳戦部隊長の役職を見るかぎり、見た目だけの人物じゃない。


「なんですか、それ?」


 気になったので、先輩の言葉を待たずに質問する。


「行ってみれば判ります。ああ、それと皆様には、荷物を持っての登りは少々厳しいと思いますので、荷物はすべて我々の部隊に任せてください。

 こう見えても【闇に跳ぶ黒山羊隊】は山岳戦闘の専門部隊です。整備された山道なら120キロの荷物を抱えたまま踏破できます」


「120キロ! 身体強化魔法を使ってるんですか?」


「いいえ、通常の山エルフの肉体を用いての話です。もし身体強化魔法持ちがそれを使えば、ゆうに300キロは背負うことができます」


「ふえ~」


 地球人って、ものすごくひ弱だったのねー。

 そういえば、あの可憐そうに見えるリーン諸島のエルフ女性も、頭の上に洗った洗濯物の入った大きな篭を載せて歩いてたっけ。


 もし篭の中が洗った直後の湿った衣類だとすれば、重量は軽く50キロを越えてる。

 それを細い首で支えられるんだから、明らかに基礎体力は地球人より上だ。


「はいはい、皆様。ここでたむろしているのは危険ですし、砦の守備隊にも迷惑がかかります。さっさと荷物や装備を降ろしてください。皆様は身ひとつで登ってもらいます。

 それから機動車輌は、砦の守備隊が責任をもって預からせていただきます。ですが万が一、敵襲で砦が落ちる状況になった場合は、申しわけありませんがこちらで破壊させていただきます」


 レクチルが早口で急かす。

 すると百名を越える【闇に跳ぶ黒山羊隊】の面々が、有無を言わせず護衛小隊から装備と荷物をはぎ取った(トラックに積んであった供与装備も一緒に運ぶらしい)。


 それが終ると、岩山の入口になっている石垣のほうへ追い立てられる。

 ここまで来れば、もうそこは山エルフのテリトリー。

 地球人は言われるままに進むしかない。


「こ、これは……」


 岩肌を複雑に削って造られた極細の山道。

 そこには、ところどころに木製の橋が掛けられている。


 どうやら敵が登ってきたら橋ごと落とす仕組みらしい。

 ほかにも行く先々に枝道が伸びていて、一種の迷路になっている。


 足がすくんでいる僕を見たレクチルが、笑い混じりで声をかけた。


「この岩山は、我々の言葉で【トカゲ殺しの衛門】と言います。どれだけガガントのトカゲどもが攻めてきても、これまで一度も頂上まで到達したことはありません。

 5年前のリプ川攻防戦の時は、多勢に無勢……ガガント軍1万3000に対し、我々は2300名で阻止戦闘を強いられました。

 しかし平地では強いガガント軍も、この岩山を登るには一列になるしかありません。そこを上から山エルフの弩弓隊と魔法隊に攻撃され、じつに8000以上の被害を出して敗退したのです」


「うむ。たしかに大軍相手なら、ここで防ぐしかないな。下の砦で徹底交戦していたら、おそらくこちらが全滅していただろう」


 うしろを登ってきてる工藤先輩が、マジメな口調で論評した。

 その上で疑問を口にする。


「しかし……いくら難攻不落といっても、山の上に2300名もの兵力を維持するだけの設備があるとは思えん。だいいち水はどうする? もしガガント軍が持久戦法をとったら、先にくたばるのは山エルフ部隊のはずだが?」


「その心配はありません。すでに対策済みですので。これについては、ここで足を留めて説明するより、さっさと頂上まで登ってもらうほうが早いでしょう。というわけで皆様。いまの調子だと、あと4時間ほどかかりますが頑張ってください」


 休憩なしで4時間……。

 精強で鳴らした帝国海軍陸戦隊の猛者たちが、思わず顔をしかめてる。

 僕も、それを聞いただけでウンザリ……。


 で、4時間後。

 ようやく標高1000メートルを越える頂上についた。

 誰1人脱落しなかったので陸戦隊の名誉は守られた。


「あれ、何です?」


 岩山の頂上には監視小屋が4つに、大きい倉庫らしい建物が2つ。

 そして東側の断崖絶壁になっている場所に、なにやら太いロープらしきものが何本も東の空間に延びている。


「あれが【峰渡り】です。手前に駕篭と荷台が並んでいるでしょう? あれを使って、ここから300メートル先にある、シルキー山脈東端の【エルバ断崖】まで移動してもらいます」


 な、なんですとー!

 落ちたら1000メートル下まで一直線だぞ?


「ほー。あれは日本の山間部で使われている【野猿やえん】と【吊舟つりぶね】だな。どう翻訳されるかわからんが、いわゆる【索道さくどう】と呼ばれる部類のもんだ。ああ、なんも知らん三島には、って言ったほうが早いか」


 なにやら先輩が物知り自慢をしはじめた。

 それは置いといて……。

 なるほど、原始的なロープウェイと言われれば、そんな気もする。


「渡されている2本の主綱は、シルキー山脈に自生している【谷越葛たにごえかずら】の繊維を編んで作った強靭なもので、並みの刀剣や魔法では切断できませんし燃えません。この主綱に滑車を取り付け、駕篭や荷台を吊り下げます。

 その上で、4本張られている副綱の2本を使い、それぞれの乗り物を移動させます。荷台で重量物を運ぶ場合は、両側の崖に数名の【引き子】が待機し、副綱を岸側から引くことで荷物の運搬を行ないます」


 完全に人力ロープウェイだ。

 おそらく【引き子】たちは身体強化魔法を使うのだろう。

 それでも300メートルもの距離を、物資や人員をのせて移動させるのは大変だ。


 そんなことを、のほほんと考えてたら……。


「さあ、皆さん。山エルフの前線拠点は、あの崖のむこうです。日没まであまり時間がありませんので、さっさと駕篭に乗ってください。1回の移動で15名が渡れますので、護衛小隊の皆さんは最初に全員渡ってもらいます」


「ええーっ!」

「お、おう……」


 僕が驚くのは当然として、さしもの先輩も思わず声を上げた。


「さあ、さあ」


 強引に背中を圧される。

 だが足が動かない。

 情けない……。


「覚悟を決めるか。護衛小隊、あそこのゴンドラに乗りこむぞ!」


 そう工藤先輩が命令するや、僕を小脇に抱え込んだ。


「せ、先輩~!」


 さすがに暴れると危ない。

 すぐ先は1000メートル以上もある垂直の崖なのだ。

 一緒にゴンドラへ乗りこんだレクチルに、先輩が質問した。


「つかぬことを聞くが……地上の敵は岩山で撃退できるとして、敵には飛竜隊もいるだろ? もし飛竜隊に襲われたら、ここも無事ではないと思うが……」


「はい、その通りです。過去に何度も、飛竜の火炎弾で駕篭や荷台が焼き落とされました。しかし千年もの風雪にさらされて育った【谷越葛】は、自生している状態でも火炎弾ごときでは焼け落ちません。

 ましてや強靭な繊維のみで編まれた主綱と副綱は、飛竜が束になって火炎弾を射っても、焼かれた黒鋼以上の耐火性能でもって弾きかえしてしまいます。なので、落ちるのは通常の素材で造られた駕篭と荷台だけですので御安心を」


 いや、それ安心できない。


「………」


 質問した先輩も、苦り切った表情で黙りこんでいる。

 他の陸戦隊員たちも、互いに顔を見合わせて、いまのが冗談かどうか審議してる。


「おやおや、すこし不安にさせてしまいましたか。それでは急ぐことにしましょう。おい、野郎ども! 気張って滑車を回せ。客人をさっさと拠点に連れてくぞ!」


 それまでの丁寧な言葉が一変して、地の言葉が出た。

 まんま山賊……。


「「「「おうっ!!」」」


 滑車を回す取っ手担当の山エルフたちが、そろって大声を出す。


 15分後……。

 ようやく僕らの我慢大会は終わりを告げた。


「ふう……武器がなかったけん、たいがな心ぼそかったばい」


 いつのまにか工藤先輩の口調がもどってる。

 緊張から解放されて、思わず日頃のリラックス状態になったらしい。


 かくして護衛小隊は、山エルフの前線拠点【エルバ砦】へと到達したのだった。


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