25、別動作戦、開始!



【新暦2445年8月11日PM2:00】※現地時間



 リーン諸島で留守番をしていた連合艦隊……。

 主隊と第1機動艦隊に、ふたたび出番が訪れた。


 敵海軍部隊はワンガルトのシャトランに向かっている。

 それを殲滅する作戦が始まったのだ。


 作戦名は【フレメン半島作戦】。

 リーン諸島に集結した人族連合軍部隊4600名。

 さらには帝国陸軍第37師団12000名よる港湾奪還作戦である。


 今回は敵艦隊を殲滅するだけではない。

 シャトラン近郊に上陸して港湾を奪取することまで含まれている。


 シャトランを恒久的な人族連合の前進基地に仕立てあげる。

 その上で、ワンガルト全土の解放までを視野に入れた作戦なのだ。


「本来ならこの作戦、北龍星作戦艦隊が帰還してから実施したかったですね」


 大和艦橋で出撃準備の号令をかけている山本五十六。

 その斜めうしろから、黒島亀人専任参謀が声をかけた。


「……そうだな。少なくとも貴様が立案した作戦計画ではそうなっていた」


 2人の会話には、言葉の裏にもうひとつの言葉が隠されている。

 それは『』である。


 これまで人族連合の要請を聞きすぎている。

 ほとんど頼まれ放題だ。


 それに人族連合が味をしめ、連合艦隊をいいように操っているのではないか。そんな疑いを山本は払拭できないでいる。


 すると……。

 黒島の横に立っているハイエルフのルミナが割って入った。


「魔王国軍は、すでに世界の半分以上を征服しています。ですから私たちが思うようにできなくて当然なのではないでしょうか?」


 表の言葉に対する進言なのか。

 それとも裏読みした結果の弁明なのか。

 山本はさぐるような目つきになった。


「以前、簡単な世界情勢を教えてもらったな。そして最初に思ったことは、……だ。

 いかに連合艦隊が大洋を越えて進撃する能力があっても、世界の半分以上が敵では国力……あ、いや、この場合はとでも言うべきだな。陣営力が違えば、劣るほうは長期戦で不利になる。

 しかも魔王国側は時空裂孔のむこうから、ほぼ無限に軍事支援を得ている可能性がある。こうなると、世界樹の魔素に頼っているこちら側が圧倒的に不利だ。

 せめて大海嶺から噴き出ている不純物の混じった魔素を使えれば、すこしは形勢逆転のきっかけになると思うのだが……」


「大海嶺がもたらす魔素は、不純物という名の毒物まみれです。純粋な魔素にはほとんど重さがありませんが、あちらの魔素は不純物が大半のため重いのです。

 そして重いがゆえに大海嶺周辺の海に降り積もり、大半が海に溶けていきます。同様の理由で、大気中への拡散もごく狭い範囲にしか起こりません。

 そして残念なことに人族連合には、不純物を除去する知識も方法もありません。なにしろ数千年にわたって、ほぼ純粋に近い世界樹の魔素に頼りっきりでしたから」


 ルミナの話を聞いていると、とても連合艦隊に勝ちめはないように思えてくる。

 しかし黒島亀人の不敵な笑いを浮かべた顔を見ると、なぜか勝てる気になってくる。


 山本五十六といえども人間。

 悩みもすれば迷いもする。


 その時、果たしてどちらの意見を聞けば良いのか……。

 2人の顔を見ながら、いまも迷っている。


 なにやら策があるらしい黒島が、自信満々に発言しはじめた。


「長官、大丈夫ですよ。我々はただの連合艦隊じゃありません。リーンネリアに来てからは【勇者連合艦隊】です。

 過去……たった1人の地球から来た勇者ですら、バンドリアまで攻め込めました。我々は10万人います。すでに能力を発現した者も多いですし、人族連合の話では、今後レベルが上がればさらに強くなれるそうです。

 ですから今は鍛練の時と割り切り、ともかく場数を踏むことでレベルを上げることに専念すべきです。

 今回の作戦は、敵が攻めてきたので止む負えず行なうものです。なので、調子に乗って深追いするのは愚の骨頂です。シャトランを奪取したあとは速やかに守りを固めつつ、レベル上げのための時間を稼ぐべきです」


 山本の気持ちを敏感に察した黒島が、この世界に順応したアドバイスを口にした。


 それにしてもレベル上げとは……。

 地球では【経験値】という概念すら存在しなかったのに、さすがは黒島である。


「だが……我々が経験を積む代償として、人族連合の兵員を無駄に消耗するわけにはいかん。彼らにしてみれば、シャトラン奪還は皮切りに過ぎず、ワンガルトとローンバルドの両国を奪還して初めて、なんとかひと息つける状態らしいからな」


 たとえ連合艦隊が一時的に守りに入ると言っても、人族連合は聞かないだろう。

 ワンガルト出身者の多くが、いまも人質を取られたままなのだ。

 悠長に守りを固めていると、見せしめに人質を惨殺されるかもしれない。


 これまで人族連合軍が敗退を重ねてきたのには理由がある。


 魔王国軍は人質を取る。

 人質を解放しようと、戦力が整っていない状況で無理に反攻に出る。

 その結果、返り討ちにあって、さらなる苦境に追いこまれる……。


 じっくり力を溜めようとしたこともあった。

 すると魔王国軍は、人質を魔改造と洗脳で自軍兵士に仕立てあげ、人質よりさらに悪い結果を招いてしまった。


「クレニア大陸は小大陸とはいえ、一気に取りもどすのは無理です。戦術と戦略を取り違えて敗北した軍は数知れず……ですよ。

 そうですね、シャトランのあるフレメン半島を制圧すれば、敵はリーン諸島に対する足がかりを失います。

 そうなると敵海軍による逆上陸作戦が必要になりますから、海軍戦力で圧倒している我々が有利です。

 敵はしかたなく、ローンバルト経由でワンガルトへ陸上戦力を送りこむしかなくなります。

 これで時間が稼げます。我々は時間を稼ぎ、北セトラ大陸方面での優位を確定しなければなりません。そのための北龍星作戦なのです。

 そして北龍星作戦が達成されれば、南セトラ大陸に引きこもっている頑固なドワーフたちを引きずり出せます。

 彼らが後方支援勢力に加わることで、そこで初めて彼我の陣営力が拮抗するのです」


 黒島は戦略の先にある、経済力や政治力など一切合財を含めた【大戦略】の視点で見ている。


 現場の指揮官である山本は、どうしても戦略と戦術を重視しがちだ。

 それを諫め視界を広くさせるのが、どうやら黒島の役目らしい。


「だが……黒島がいま言ったことを可能とするには、フレメン半島に上陸した人族連合軍が、無理にでも敵支配領域に侵攻する必要がある。

 彼らがワンガルトで魔王国軍と戦っているあいだ、我々はひたすら効率の良い経験値稼ぎをするため、人族連合軍が消耗するのを座視することになる。

 これが最も勝利に近い方法なのは判っている。だがそれは、人族連合軍を人柱にして死体の山を築く最悪の策でもある」


 連合艦隊と陸上部隊――陸軍および陸戦隊は、最大効率で経験値を稼ぐ必要がある。

 そのためには、戦死する可能性のある激戦地に行くのは得策ではない。


 最良なのは、人族連合軍が敵部隊に突入して蹴散らした後、残敵掃討に出ることだ。

 それを黒島亀人は作戦として実行しようとしているのだ。


 山本のためらいを含んだ言葉にルミナが反応した。


「この世界は私たちのものです。いくら力を持っていても、しょせん魔人族は異界の住人。創世女神リーンは私たちの味方です。

 そしてそれは皆様にも当てはまります。皆様は勇者様ですが、この世界の者ではありません。

 私たちは自分の運命を、よその世界の勇者様に全面委託するつもりはありません。勇者様は勝利をもたらす女神様の使徒ですがこの世界の当事者ではないからです。

 ですから私たちが死にもの狂いで道を切り開いたあと、勇者様が勝利を確定するための戦いを行なっていただければ良いことになります。

 これらの事は、古代の魔導大戦で神々が、直接的に世界の運命を左右することは世界の破滅に繋がると悟られて以降、ずっとリーンネリアの常道として伝えられてきました。

 まずはリーンネリアに住む者が、自分たちの土地を守るために戦う。その意気込みを見た神々が、手助けする者として勇者様を召喚してくれる。

 そしてリーンネリアの民と勇者様が力を合わせることで、ようやく力の均衡きんこうが得られ、魔王軍を時空の彼方へ追いやることができる……これが【始祖族】に伝わる神々の伝承なのです」


 そうルミナに言われても、山本も黒島も、この世界の神に会ったことはない。

 人族連合の話では、勇者召喚は女神の助力がなければ成功しないらしい。

 つまり山本たちがこの場にいるのは、女神リーンが介在した証拠となる。


 いくら言い伝えがそうでも、はいそうですかと納得できるはずがない。

 だから2人とも、怪訝けげんそうな表情を浮かべただけ。


 しかし判っていることもある。

 どこの世界であっても、その土地の信仰を重視しなければ戦いが難しくなる。

 ならば表むきだけでも、信じたフリをしなければ……。


 ようやく山本と黒島のあいだに共通理解が得られた。


「長官、人質については心配ないと思いますよ」


 山本が感じている最大の懸念を、黒島はさらりと受け流した。


「なぜだ?」


「前回の海戦で捕虜にした海狼族は、すべて戦死したことになっています。戦死した者に人質は意味をなしません。人族連合に聞いてみたところ、人質のある兵士が戦死した場合、魔王国は人質を処分しないそうです。

 魔王国といえども数多くの人族を支配している以上、それらを養うために最低限度の物資を供給しなければなりません。たとえ奴隷扱いであろうと生産人口が必要なのです。

 人質を処刑すれば、それだけ生産人口が減ります。そこで該当兵士の戦死が確定したら、人質は速やかに後方へ送られ、どこぞの農地か鉱山かで強制労働させられるそうです。

 これらの事実を大前提として状況を分析すると、面白いことが浮かびあがってきます。

 すなわち獣人部隊の人質は、作戦実施中は最も近い後方拠点まで引き出され、もし作戦従事中の獣人兵士が裏切れば、ただちに処刑が実施されることです。

 今回の場合で言えば、恐らく出撃してくるだろう海狼族部隊の人質は、情報が即座に伝わるシャトランに幽閉されているはず。

 では、出撃した海狼族がすべて戦死したらどうなるでしょう? シャトランに囚われている人質は、もはや人質の役目を果たせなくなりますよね?

 では後方へ送るのか? 敵である我々は、いまにもシャトランへ攻め入ろうとしています。そんな緊急時に、退路を塞ぐ人質に街道を明け渡すわけがありません。

 無用の長物と化した人質は、そのまま幽閉された状態で放置される。ということは、我々がシャトランを奪還すれば、自動的に人質も救出されることになります」


 黒島亀人の思考には、おおよそ人情というものがない。

 すべてが論理的かつ合理的で、そのなかで人は弾丸や艦船と同じく『駒』でしかない。


 他の者から見れば、それは冷徹極まりない人でなしに見える。

 実際、黒島が切羽詰まれば、人間を捨駒として扱うことは容易に想像できる。

 ようは作戦目的を達成できれば、人も弾丸も必要経費として消費する考え方だ。


 しかし……。

 戦争とは元々人でなしの所業であり、それを生業なりわいとする軍人も根本的には人でなしだ。


 それを誰よりも理解している天才……。

 冷徹で人でなしだからこそ、冷静に人質の状況を分析できる。

 それが黒島亀人なのである。


「人族連合陸軍シャトラン派遣隊、全員の乗船を確認しました!」


 艦務参謀が一仕事終えたといった顔で報告しにきた。

 彼は人族連合軍との橋渡しを命じられた。

 そのため輸送部隊との連絡に忙殺されていたのだ。


「御苦労だった。すでに帝国陸軍部隊は輸送部隊に乗船しているから、これで動くことができるな。では宇垣。出撃艦隊の最終確認をした上で、本日夕刻、リーン標準時で1700(ヒトナナマルマル)に出撃する!」


 ヒトナナマルマルは17時零分。

 すなわち午後5時ちょうどを意味する海軍の時間表記である。


「了解しました」


 これまで宇垣纏参謀長は、すべての雑談を無視し沈黙を貫いていた。

 だが山本の命令があった途端、打てば響くように応答する。

 さすがは参謀長、無駄がない。


 かくして、リーン標準時の午後5時。

 連合艦隊はリーン諸島のシムワッカ湾を出撃したのだった。


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