26、山エルフ前線基地
【新暦2445年8月11日PM3:00】※現地時間
こちらはシルキー山脈。
エルバ断崖にある山エルフの前線基地。
「空が見えないにゃー」
真上を見上げた短耳猫族のミーシャ。
覆いかぶさる針葉樹の枝葉がウザいと目が物語ってる。
「ミーシャ。三島様の腕を強く掴むと、爪で傷つけてしまいますよ」
白金狐族のサリナが、ちょっと恐いお姉さんみたいにたしなめた。
「にゃ~」
めいっぱい不服そうな声。
ミーシャは僕の右腕にしがみつくようにして歩いてる。
たしかに痛いけど……。
同時におっぱいの感触もあるから許しちゃう。
前線基地は隠蔽基地になっている。
すべてが緑濃い針葉樹の森の下に隠されている。
広葉樹だったら木漏れ日のひとつもあるんだけど。
寒帯樹林を形成してる針葉樹は、真昼でも夕暮れ以下の光量しか通さない。
「
基地を案内している山エルフ族のククルカ・メルクルが、いまにも頭を地面に擦りつけそうな感じで謝ってる。
エルバ断崖で案内してくれたレクチル・イアンカ隊長は、こっちには来なかった。
その代わり、峰渡りが終わった地点でククルカ・メルクルが待っていた。
ちなみにククルカは青年男子(ただし102歳)だそうです。
「あ、いや、気にしなくていいです。秘密の基地なんですから、
ククルカがあんまり低姿勢なもんだから、つい余計な事を口にしてしまった。
途端に、右腕にミーシャの爪が食い込む。
「うわっち!」
「三島、どげんでんよかばってん……貴様ん判断でミーシャ嬢ば連れて来たっとやから、貴様ん責任でちゃんとなだめんかい!」
「工藤先輩……それ言うなら先輩も同じでしょーが! しっかりサリナさんの腰に手を回してるじゃないっすかー!」
正直、先輩がうらやましい。
サリナさんの腰、服の上からでもぷにぷにしてる。
しかもさわり放題で怒られない。
ミーシャもいいけど、今みたいに機嫌をそこねると痛い目にあうのがキツい。
「いや……指摘すっとこが違うやろ? サリナは正式に任命された人族連合の親善大使やぞ? 対するミーシャ嬢はサリナのお供たいね。でもって俺はサリナの護衛士官。貴様はミーシャ嬢の護衛士官。ほ~ら、責任がどこんあるか一目瞭然ばい」
「先輩は僕を護衛する小隊の隊長でしょ……」
「射てば百発百中のスキル持ちになったとやけん、もう護衛はいらんやろ。まあ、まだ任務としては継続中やから、形ばっかは護衛小隊として動いとるばってん」
そうでした。
なにせ短機関銃の弾をばらまくだけで、勝手に当たってくれるんでした。
試しにここの射撃場で試射させてもらったら、背中むけて射っても全弾命中だったもんなー。
「皆様、到着しました。こちらがグラナ基地司令官です」
巨木に囲まれた広場に、大柄な山エルフ族の壮年男性が立っていた。
お供は槍を持った2名の兵士のみ。
僕たち、ずいぶん信用されてるみたい。
「このたびの武器供与、聖樹のしずくにかけて感謝いたします」
片手を胸に当て、深々とおじぎをする。
これが山エルフの感謝の仕方だそうだ。
一見すると軍人には見えない。
裾がくるぶしまである貫頭衣を着てる。
麻紐がベルト代わり。
階級章や勲章のたぐいは一切つけてない。
グラナ司令官の声かけには先輩が応じた。
僕は【エリア翻訳】が本業だから、そこに居るだけ。
「慣れない武器のせいで戸惑われるでしょうが、すでに試射も行なってもらいましたので、威力の点についてはご納得いただけたと思いますが……」
何度見ても、先輩がまともな応対をしてる姿には慣れない。
これじゃ猫かぶりじゃなくて熊かぶりだ。
「38式魔導狙撃銃、あれは素晴らしい武器です。山エルフの弩弓は、どれだけ屈強な兵士であっても、有効射程はせいぜい150メートルです。しかもこれは魔法付与をしての数字です。
ところが38式は、魔法付与なしでの有効射程が460メートル。魔法付与ありだと1400メートルまで延びる。その上、弾丸が当たれば爆裂して確実に相手をしとめるのですから、これはもう戦術すら変るほどの大変革です!」
おおもとになった38式歩兵銃は、6・5ミリ小銃弾を使用している。
最大射程は4000メートルだけど、有効射程は460メートル。
つまり38式魔導狙撃銃っていっても、素の状態では38式歩兵銃そのものってわけ。
「38式は、エルフ族全般にとって主力武器になると判断しての供与です。しかし38式だけでは状況を打開するには弱い。そこで個兵装備として89
89式魔導擲弾筒は、簡単にいえば専用手榴弾を小型迫撃砲で飛ばす武器だ。
金属筒の下に金属棒と地面に当てる砲座がついてるだけの限界までシンプルな武器。
射つ時は左手で筒を支え、右手で
筒の底にはスプリングで支えられた撃芯があり、筒の横に出てる革紐を引っぱるとスプリングが跳ね、撃芯が擲弾の底にあたり発射される。
極めてシンプルな武器のため、魔法付与したのは【誤爆防止】と【弾道安定】、そして武器の劣化破壊を防ぐための【劣化防止】だけ。
あとは擲弾のほうに、射つ兵士が発射のたびに魔法付与を行なう。
こうしておけば、兵士の魔法能力にばらつきがあっても発射だけはできる。
「あれも素晴らしい武器ですが、森の中で使うには少し注意が必要のようです。下手に射つと枝に当たり、あらぬ方向に飛んでいって味方を傷つける可能性があります」
「それは俺も思ってましたが……【反動無視】とか【慣性無効】の付与が行なえる者がいれば、擲弾筒を両手で持って水平射ちとかできるんですが……まあ、【誘導】スキル持ちがいれば枝を避けて飛んでいきますけど」
先輩、地球だと常識はずれの発言をした。
擲弾筒の反動は予想以上に大きい。
撃ち方を間違えると簡単に骨折してしまう。
でも、ここは異世界。
反動を無くす魔法の存在は、すでに連合艦隊員に発現してるから証明されてる。それを山エルフも持っていれば、あたかも銃みたいに構えて射てるってわけ。
「強弓を若手に射させる時、指を怪我しないように反動を抑える魔法付与を行なってますが、それではダメでしょうか?」
「やってみないと何とも……でも脈はありそうですね」
魔素をエネルギー源として駆動する魔法やスキルには共通点がある。
それはリーンネリアに存在するなら勇者にも発現する可能性があるってことだ。
その逆もまたしかり。
連合艦隊員に使える魔法やスキルは、この世界において存在することになる。
少なくとも、山エルフ族にも【複写】スキル持ちはいるらしい。
ただし勇者なみとは行かず、矢を10本も複写すると魔力が尽きるそうだ。
それでも38式の銃弾なら20発くらいは複写できる。
擲弾も5発は大丈夫だろう。
だから……。
日頃から弾薬の在庫を積んでおくことが大事になる。
魔法使いさんたちには頑張ってもらおう。
「ところで……山エルフ族には特殊な暗視能力のスキル持ちが多いと聞いたんですが、我々も学ぶことができるでしょうか?」
これは先輩が上層部から、絶対に聞けと言われてたことだ。
もとの地球世界ではまだ、まともな暗視装置は開発されていなかった。
少なくとも開戦から勇者召喚まで、実戦で使われたことはない。
だから暗視技術は連合艦隊にとっても
山エルフの暗視術は、植物が発している【
【命光】は肉眼では見えない。
微量の魔素が発光に関係してるらしく、赤外線でも紫外線でもないらしい。
「暗視術でしたら、山エルフだと子供の頃、まず最初に学ぶスキルです。スキルというより生活魔法に近いもので、体内魔素と植物の発する【命光】を共振させることで、まったく光のない場所でも見ることができるようになります」
「ということは、ちょっとしたコツみたいなものを覚えれば、我々にも使えるようになるのですか?」
「はい。簡単ですので、今夜にでも基地の者に指導させましょう。指導を受けられる方々の選別はお任せして宜しいでしょうか?」
「まずは俺、そして、ここにいる三島。次に俺の小隊くらいでいいかな。あとは俺たちで教えればいいから」
工藤先輩が、僕を見て無理矢理に同意を求めてきた。
「僕は構わないっすよ。あ、でもミーシャたちは?」
「猫族と狐族は、もともと夜行性だにゃー。だから【命光】に限らず、魔素があれば夜目は利くにゃー」
左手で顔を洗いながら返事してる。
でも猫の顔洗いって、毛づくろいの一種じゃなかったっけ?
ミーシャは猫族だけど、腕には産毛しか生えてないぞ。
「ということは人族連合軍だと、いまさら暗視術なんて学ばなくていいってこと?」
「うん。自前でなんとかなるし、暗視術を持ってない人も、かならず見える人とペアになる仕組みだから」
「三島。俺たちゃ異邦人やけんど彼女たちは現地人ばい。そんくらいのこつ、とっくの昔に検討されとって当然やろが」
あー、いかにも知ってたって態度。
でも先輩がこんな口調のときは、絶対に知らなかった時だ。
なんかムカツク。
「工藤様。立ち話もなんですし……」
サリナがさり気なく注意する。
見ればグラナ司令官といっしょにいる兵士たちが、そろってそわそわしていた。
「ささやかですが……歓迎の宴を用意しておりますので、よろしければ話の続きは、屋内宴会場でやりませんか?」
グラナ司令官が、また申しわけなさそうな表情で聞いてきた。
どうやら言いだせなくて困ってたらしい。
「これは失礼しました。今後の武器の手渡しは、峰渡しの状況次第と思うので、そちらにお任せします。注意しなければならないのは、火薬は火に弱いということです。もっとも火の気のない場所に備蓄してください。
あっと、これも宴会場で言えば良かったか……それじゃ御言葉に甘えて、さっそく行きましょう!」
もともと酒に目のない工藤先輩。
サリナの手を握り締めると、さあ行こうと足踏みしはじめた。
「ミーシャ。これからが私たちの本番ですよ」
サリナが念を押すようにミーシャに言う。
彼女たちは親善大使だが、もともとは【エレノアのしずく】の酒娘。
酒の入る宴会なら本業だ。
人族連合は山エルフの教導を行なうために、リーン諸島守備隊から数十名の指導員を出している。
主力部隊はレントンの森エルフを教導するためだから、ここには来ていない。
したがって彼ら数十名だけが、シルキー山脈の奥深くにある山エルフの本拠地へ向かうことになる。
ちなみに日本軍は彼らに同行しない。
というより、すでに僕たちの所属する中隊だけ別行動してる。
他の陸戦隊と陸軍部隊は、いまも北方向へ進撃してるはずだ。
レバント集積基地を孤立させるため、シルキー山脈北端を廻りこむ作戦になってる。
陸戦隊と陸軍部隊には進撃限界線が設定されてる。
シルキー山脈北部にあるキルエトの町を制圧したら、あとの進撃は人族連合部隊に任せる予定だ。
キルエトからレントンの大森林地帯入口にあるマリシャまでは、まだ少数の敵しか入り込んでいない。
そこで人族連合部隊と森エルフの前進部隊が東西から同時に進撃して、残敵掃討をしながら街道途中で合流する手筈だ。
ついでに人族連合部隊は、実戦を通じて地球製の武器に慣れることになってる。
その頃には、海上にいる北龍星作戦艦隊がレバントを徹底的に破壊してる。
だからキルエト死守は、長くても数日で終る予定。
陸軍部隊と陸戦隊が、キエルトから海岸橋頭堡にもどる。
それが北龍星作戦を終了する目安になっている。
なので僕たちは、武器と教導隊の分隊を山エルフに渡したら、すぐにまた峰渡りして海岸まで戻らなきゃならない。
「今夜は呑むばーい!」
あら。
先輩、すっかり通常モード。
やっぱり酒の力は偉大だ。
というわけで……。
僕らは無事に大役を果たしたのだった。
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