27、三島友輝の憂鬱パート2


【新暦2445年8月13日PM5:00】※現地時間



 山エルフの前進基地を出て2日後。

 横須賀第1陸戦隊第1突撃中隊は無事、海岸に設置した橋頭堡へもどってこれた。


 その間、先輩の言によれば『大したことはなかった』。

 うん、なにもなかったよ……。


 峰渡りのゴンドラに乗りこんだら魔王国軍の飛竜隊に襲われたけど。

 下りの山道で落ちそうになったけど。

 帰りの荒地で、ジープ1輌が倒木のせいで吹っ飛んだけど。


 先輩の日課報告によれば、

『三島少尉がドイツ製短機関銃を乱射したら飛竜は勝手に全滅した。よって異常なし』

『崖で三島少尉が落ちかけたが片手でぶらさげて降りて無問題』

『三島少尉の指示で速度を上げたらジーブを全損したが護衛対象が無事だから良し』

 だそうな。


 って……。

 ぜんぶ僕に責任丸投げ?


 でもって……。

 海岸に到着する頃には、僕の能力【百発百中】の報告は、中隊を越えて北方方面艦隊司令部にまで届いてた(遠距離念話と通常の無線で連絡したらしい)。


「いいか、三島少尉。狙いが定まったら俯仰手ふぎょうしゅに射撃するよう命じればいい。俯仰手が射手を兼任してるからな」


 ここは戦艦【伊勢】の主砲指揮所。

 主砲指揮所ってのは、檣楼のてっぺんにある重要施設だ。

 主砲の発射は、ここにある【方位盤照準装置】で行なわれる。


 いま声を掛けたのは、砲戦指揮官の前島孝吉砲術長(中佐)。


 僕は方位盤照準装置にある指揮官席に座ってる。

 椅子は、ターニングテーブルと呼ばれてる床から1メートルくらい高い位置にある。そのため前島砲術長の顔がすぐ左脇にある感じだ。


「ええと……仰角はこれでよし。旋回手輪せんかいしゅりんもよし。あとは横動揺手輪よこどうようしゅりんは?」


「完了してます!」


 方位盤照準装置の横動揺手輪操作員が応答する。

 これで準備はすべて終わったよね?


 ちらりと前島砲術長を見る。

 無言のままうなずいてる。

 これでよし、だ!


「じゃ、発射!」


 ――ドン!


 わずかなタイムラグのあと。

 伊勢の一番砲塔にある一番砲一門が雄たけびを上げた。


 このタイムラグは、主砲を発射するための複雑な手順を経由するからだ。まあこれも、さっき砲術長に教えてもらったことだけど。


 主砲指揮所で決定された各データは、艦内にある【射撃盤】っていう装置に送られる。

 【射撃盤】には測距儀そっきょぎからのデータも送られている。

 射撃盤では各データの微調整が可能だ。

 そして修正されたデータが電気信号として各砲塔へ送られる。


 これでようやく、実際の砲の旋回や仰角をつける作業が行なわれる。

 実務作業が終って初めて、主砲方位盤の引金をひいて発射することになるんだ。


 今回の場合、15キロ先にある小島を敵艦に見立ててる。

 そこにむけて主砲弾1発を発射したんだけど……。


「艦橋より連絡。誤差840メートルの遠弾えんだんだそうです」


 目標の島より840メートルも遠い位置に着弾したらしい。

 つまり大ハズレだ。


「うーん。やっぱダメだなー」


 前島砲術長の横で、工藤先輩が頭に左の手のひらを当てて唸ってる。


「工藤少尉。陸戦隊の砲で実験したそうだが、その結果と同じか?」


 落胆したらしい前島砲術長が先輩に声をかけた。

 話題の主の僕、放置されたまま……。


「ええと……試したのは次の通りです。94式8ミリ拳銃、38式歩兵銃と38式魔導狙撃銃、92式7・7ミリ重機関銃、96式6・5ミリ軽機関銃、7・63ミリベルクマン式機関短銃、米軍の12・7ミリ重機関銃、93式13・3ミリ対空機銃……銃器はこれくらいですね。

 砲については、96式25ミリ機関砲、94式90ミリ軽迫撃砲、92式70ミリ歩兵砲、96式15センチ榴弾砲くらいですので、今回の36センチ主砲が最大となります」


 熊みたいな顔してるのに、あい変わらず記憶力あるなあ……。


「それで、三島少尉が能力を発揮できたのは?」


 そう……。

 この射撃は、【百発百中レベル1】スキルが、どこまで適応できるかを調べるものなんだ。


「銃器は、最大銃口径が13・3ミリ機銃まではすべて適応しました。しかし砲は全滅です。威力から考えて、70ミリ歩兵砲くらいは適応していると思っていたのですが……どうやら三島の能力は、威力に関わらず、銃砲弾の直径で14ミリ以上は非適用になるようです」


「もしかしたら連合艦隊の大幅な戦力増強に繋がると思って実験してみたが、やはりダメのようだな。まことに残念だ」


「砲術長、そう悲観することはないかもしれませんよ」


「ほう、なぜだ?」


「三島の【百発百中】は、まだレベル1です。もしレベルが上がれば、さらなる適応も期待できるかも?」


「難しいところだな。魔法は使い込めば、ほぼレベルアップする。しかし特殊スキルに関しては、レベルアップしないものもあると聞いている。

 ダメかもしれないレベルアップに期待するより、いまの能力を【能力拡散】で活用したほうが良いと思う。その過程で、もしレベルアップがあれば、その時あらためて対策を練るべきだろう」


 あの~。

 そろそろ放置プレイ、やめて欲しいんですけど。

 方位盤の操作手たちも、やることなくて困ってるみたいだし。


「そうは申されましても……【エリア翻訳】の副スキル【能力拡散】は、あくまで三島独自の能力です。他者が代わってできるものではありません。

 【エリア翻訳】の範囲内にいる者に、三島が使った魔法やスキルの使用感を感覚的に伝える。それにより他者の能力を刺激して発現にいたる……らしいです。

 ですので確実なものじゃありませんし、拡散についても狭い範囲内に限られてますので、そのつど能力発現の可能性のある者を集めなければなりません」


「うーむ、なかなかうまくいかんものだな。それでも銃器に関しては、いろいろと能力発現した者もいるだろうし、三島少尉の能力と似たようなものを秘めている者もいるだろう。それらの発掘はかなり優先度が高いと思うが?」


 あー。

 なんか悪い予感がする。

 このままだと僕、人材発掘担当にされそう。


「それについては、すでに方面艦隊司令部と話がついてます。これからリーン諸島へもどるまでの間、三島には、陸戦隊と陸軍部隊の銃撃経験者たちを各輸送艦の食堂にあつめて、能力発現のきっかけを作ってもらうことになってます。

 直径10メートル以内が有効エリアとなりますので、ぎゅう詰めにすれば30人くらいは入るでしょう。なので30人を1単位として、、食堂に入る将兵を片っぱしから試すことになってます」


「それは、また……まあ陸戦隊と陸軍部隊は、輸送艦に乗っている間はヒマだからいいか。となると海軍将兵については、リーン諸島にもどってからか?」


「どのみち艦隊所属の艦だと、艦内警備部隊の銃器や13・3ミリ単装機関銃の射手くらいしか対象になりませんので、すべて後回しになりました。

 それよりも主力装備が銃の陸兵が先でしょうし、三島には能力発現の手伝いをする傍らで、可能なかぎり実射訓練をさせますので、もしかするとレベルアップするかもしれません。それを期待するしかないかと」


 あーあー。

 とうとう最後まで僕の意見参考はなし。

 もう、いいよ。


 そう思ってたら、ようやく砲術長がこっちを見た。


「そういうことなので……三島少尉、御苦労だった。工藤少尉の小隊へもどることを許可する。報告その他は、すべて私から行なうので気にしなくて良い。では降りてくれ」


 用が済んだら、さっさと主砲指揮所を追い出す算段らしい。

 まあここは、戦艦にとって最重要区画のひとつ。

 だから門外漢の少尉風情がウロウロするとこじゃないもんね。


「三島、砲術長の邪魔になるから、さっさと退散するぞ。この後すぐ連絡艇に乗って、まずは陸戦隊第1連隊が乗りこんでる兵員輸送艦へむかうからな」


 けっこう神経使う作業だったから、ひと休みしたいなあ……。

 でも工藤先輩、まったくその気はないらしい。


 ふと、連続8時間の特別空手教練を思い出した。

 あの時も先輩、まったく平気な顔で鍛練してくれたもんなー。

 先輩を選べるなら、体力バケモノだけは除外すべきだ。


 というわけで……。

 僕の能力の適応範囲(ただし当面のあいだの)が判明した。


 でも今頃。

 リーン諸島にいる連合艦隊は出撃直後のはずだよね?


 この世界では無線を傍受される恐れがない。

 つまり使い放題だ。

 当然、北方方面艦隊とGF司令部は、ほぼ四六時中、無線で連絡しあってる。


 なので魔王国軍の艦隊の動向や連合艦隊の出撃についても、ほぼリアルタイムで知ることが出来てる。


 そう考えると。

 リーン諸島にもどる頃には、連合艦隊はクレニア大陸にあるフレメン半島に殴り込みをかけた後だろう。


 まあ、いくら圧勝だったとはいっても、北方方面艦隊もそれなりに傷ついてる。


 艦の簡単な補修は、【艦体回復】スキルでなんとかなる。

 だけど、やはり本格的な修理は大量の魔力が必要。


 なのでリーン諸島にもどって、人族連合の術者たちに協力してもらわないとできないんだよね。


 ワンガルトでの戦闘がどうなるか知らないけど、島にもどった北方方面艦隊が再出撃するのは当面先になると思う。


 つまり……。

 帰路になにか突発的な事でも起こらない限り、僕らの任務はこれで終わり。


 うん、終わりだよね?

 僕だけ終わりじゃないなんて、そんなことないよね?


 なんて逃避しても無駄なのはわかってる。

 僕にとっては、これからリーン諸島に着くまでが本当の地獄なんだ。

 うん、わかってるって……しくしく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る