22、レバント上陸作戦2


【新暦2445年8月8日PM5:00】※現地時間



 ――バシュッ!


 首を鋭利な刃物で切られた三浦2等兵。

 盛大に血しぶきを上げて倒れていく。


「敵だ! 三島、身を守れ!!」


 工藤先輩の切羽詰まった声。

 先輩は少し離れた場所で山エルフの指揮官と会話してた。

 だから、すぐに対処できない。


「避けて!」


 思わず叫んだ。

 目の前にいるレクチルを左手で横へ押す。


 同時に拳銃の引金を引く。

 守るべき者がいる以上、戸惑いはない。


 ――パンパンパン!


 ぜんぶ外れた……。

 弾丸は、影とはちがう方向に飛んでいく。

 その間に、影は僕のほうへ急接近してきた。


 ――パンパンパンパンパン!


 恐怖のあまり8発……全弾を射ち尽くす。

 でも当たらない。


 ――ひゅっ!


 風切り音。

 キラリと光を反射する物体が首に迫ってくる。


 ――ズダダダッ!


 あと10センチくらいで首に光が当たる!

 そう感じた瞬間。

 影から無数の血しぶきが上がった。


「あっぶねーなー、おい!」


 工藤先輩がレクチルを左腕で抱きかかえてる。

 右手だけで機関短銃を発射していた。


 血しぶきがおさまると同時に、影のゆらめきも止まる。

 1人の男が現われた。


 黒いマントに身を包んでいる。

 前頭部に弾痕があるから、たぶん即死だ。


「【隠蔽いんぺい】の魔法です。でも……周囲には索敵魔法を3重に掛けてあったのに。見たところダークエルフの隠密部隊のようですが……こんなとこまで来てるなんて」


 レクチルが眉間に皺を寄せながら説明してくれた。

 それを1人の山エルフ男性がフォローする。


「かなり年配のダークエルフだ。おそらく1000歳近いのでは? 当然、魔法の階梯と練度も高いはず。この者に対抗するには、たぶん中魔導師クラスじゃないと難しいだろう」


「ムラマン……上級魔法士のあなたでもダメなの?」


 ムラマンと呼ばれた男。

 黙ったまま首を横にふる。


 どうやら山エルフ部隊の魔法使いらしい。

 厚い布製のマント兼用のコートを着ているのも、なんらかの魔法的な意味があるんだろうか。


「となると……大変! すぐ隠蔽拠点にもどって、上位魔導師の手配をしなきゃ!」


「おーい! 何事だーっ!?」


 遠くから雪田満ゆきたみつる中隊長の声が聞こえてきた。

 息を切らせて走ってくる。

 どうやら銃撃音を聞いて、慌ててやってきたらしい。


「敵の隠密魔導師に奇襲されましたが、なんとか撃退しました。ただ……小隊員1名が戦死しました」


 口惜しそうに工藤先輩が報告する。


「もう安全なのか?」


 不安そうに雪田中隊長がまわりを見る。

 それに答えたのはレクチルだった。


「いまムラマンに精密索敵魔法を施術させました。探知半径は小さくなりますが、なんとか敵の隠蔽魔法を看破かんぱできると思います」


 そう告げると、ムラマンが術を掛け終るのを待つ。

 ほんの1分ほどで術が完成した。


「周囲200メートルに敵はいません」


「そうか……あ、いや済まない。緊急事態だったもので、自己紹介が遅れてしまった。私はここにいる者たちの上官で、横須賀第1陸戦隊第1突撃中隊長の雪田満中尉です。山エルフ部隊との接触に関する現場の責任者でもありますので、どうぞよろしく」


 そう言うと陸戦隊風の敬礼をする。


 先輩は、戦死した三浦2等兵の遺体を揚陸艦へもどす手配をしてる。

 それが終ると中隊長に敬礼しながら進言した。


「ともかく、ここは危険です。もう少し安全な場所へ移動すべきかと」


「そうだな。敵の反応が鈍いから、まもなく橋頭堡を確保できるだろう。中隊の野戦司令部を設置すべきだが、安全を考えると南のほうに設置すべきだな。

 よし、工藤少尉。三島少尉と山エルフ部隊の皆さんを連れて、浜辺の南側へ移動してくれ。護衛小隊の他に、中隊司令部所属の偵察小隊を連れて行って良い。私は橋頭堡を確保するまでは、ここに留まる。のちにそちらへ向かう」


 そう命令すると、雪田中隊長は指揮下にある偵察小隊を呼びに行かせる。

 そのとき僕の脳裏に声が響いた。


『三島友輝の総合レベルが20に上がりました。特殊スキル【】を覚えました。スキル【射撃1】を覚えました。スキル【辞書転送1】が追加されました。称号【】を獲得しました』


「三島……なんだそりゃ?」


 雪田中隊長がびっくりした顔で見てる。


 しまった。

 レベルアップのメッセージが周囲にダダ漏れしてしまった。

 【エリア翻訳】の影響だ。


「ええと……さっき拳銃を射ったせいでレベルアップしたみたいです。辞書によれば【百発百中】は、ともかく撃てば当たるみたいです。あははは……称号がそうなってますね」


 中隊長が驚いたのは射撃関連スキルのはず。

 だから、あえて【辞書転送1】の説明はしなかった。


 でもこれ……。

 かなりチートなスキルなんだよね。

 僕の【万能辞書】から【翻訳の腕輪】の内蔵辞書に、転送可能なデータをごっそりコピーするんだって。


 まあ、腕輪側の辞書の容量に限界があるから、ごく一部しか送れないけど。

 ちなみに万能辞書の容量は、共通無意識をベースにしてるから無限だ。


 辞書の説明によると、レベル1だと15個までの腕輪に同時転送できるみたい。

 つまり1個小隊全員の腕輪辞書を、一気にバージョンアップできるってこと。

 わざわざ学習させる手間を省けるんだから、使いようによっては役に立つって思う。


「………」


 工藤先輩が黙ったまま、ドイツ軍のMP40/I短機関銃を手渡してきた。

 これはサブ武器として担いでたものだ。


「先輩、これは?」


「百発百中なんだろ? それなら、こいつが一番役にたつ。【銃身強化】と【貫通】の魔法付与もついてるぞ。貴様にやるからガンバレ」


 MP40/Iは、1939年にドイツ軍が採用した画期的な短機関銃だ。

 どうやら陸戦隊で【補給召喚】したもののコピーらしい。


「いや、ガンバレって言われても……たまの規格が違うでしょ?」


「そいつ用の9×19ミリ・パラベラム弾は、陸戦隊が転移後に採用したワルサーP38の弾と同じだから、陸戦隊にいるあいだは弾切れの心配はないぞ。

 弾倉には32発入ってる。そいつはフルオートしかできんから、貴様のスキルに最適だろ? 予備弾倉は、あとで小隊員に届けさせる」


 あ、先輩マジだ。

 言葉が方言じゃないもん。


 こりゃ断れない。

 断ると魔法強化された空手パンチがくる。


「わかりましたよ。それじゃ、こっちの拳銃。弾が違うから返しますね」


 そう言って弾倉がカラになった陸式拳銃を先輩に渡す。


 かくして……。

 レバント上陸作戦は、驚くほど順調に進行したのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る