21、レバント上陸作戦1



【新暦2445年8月8日PM4:30】※現地時間



 人魚族と第2潜水戦隊の戦闘から1日後の未明……。


 レバント海峡の東側海岸――ノーラッド半島にある極北の村【レバント】。

 そこはかつて、海峡の名の元となった小さな漁村だった。

 そしてブレナとカレナ兄妹の、父の名を冠した神話の村でもある。


 だが8年前……。

 魔王国軍の配下となったガガント軍が上陸、問答無用で占領された。

 そののちは、もっぱら軍事物資の集積基地として利用されている。



※※※



「三島友輝少尉、覚悟はできたか?」


 工藤辰巳先輩が縮こまっている僕に声をかけてきた。

 2人とも陸戦隊の完全武装姿だ。


 先輩の口調が普通になってる。

 これはヤバイ……。


 ここは大発動艇(大発)の中。

 簡単にいえば上陸の時に使われる特殊小型船のことだ。

 大発は揚陸母艦【雲仙丸】が搭載していたもので、艦尾から20隻が出撃している。


「か、か、かく……覚悟なんて、できるわけ、な、ないじゃないっすかー!!!」


 夜明け前……。

 先輩から鉄製のヘルメットをかぶせられ、陸式拳銃を渡された。

 何事かと驚いてたら、護衛小隊の嶋波刀哉しまなみとうや軍曹から耳打ちされた。


『夜明けと同時に上陸作戦が開始されます。我が小隊は第1陣として隠密上陸を実施し、浜辺の奥にある針葉樹林に分け入り、そこで待機している山エルフの先遣隊せんけんたいと合流します。

 三島少尉殿のエリア翻訳の助けを借りて、彼らと我々で作戦の擦りあわせが行なわれます。これが終わらないと本格的な上陸作戦が実施できません』


 聞いた時、目の前が真っ暗になった。


 1隻の大発には完全武装した陸戦隊員70名が乗りこんでる。

 それが20隻だから、総員1400名による第1次上陸だ。


 規模としては2個大隊程度。

 隠密上陸としては、かなり規模がでかい。

 それだけに敵に発見される可能性も高い。


 そんな僕の気持ちを無視するように、先輩が猫なで声でささやく。

 もちろん、方言じゃない言葉で。


「大丈夫だ。貴様は護衛小隊がしっかり守ってやる。いざとなれば俺が貴様を抱えて砂浜を横断してやる。だから目の前に敵が現われない限り、絶対に拳銃を射つな。背中から撃たれたらたまらん」


「先輩……それって僕のこと、微塵も信用してないでしょ?」


「あたり前だ。三島友輝のことは俺が一番知っている。だから信用せんのだ」


 ひどい……。


「まもなく揚陸します。艇首道坂、おろせー!」


 大発の艇長によるかけ声。

 艇首にいる兵が、鉄板で作られた【道坂】を降ろしはじめる。


「軽戦車、前へ!」


 まず降ろされるのは、陸戦隊が使用する95式軽戦車だ。

 7・4トンと軽いため陸戦隊に採用されている。


 だが、そのぶん装甲も12ミリと極端に薄い。

 主砲は37ミリ短砲身で、他に7・7ミリ機関銃を装備している。


 軽戦車は、対戦車戦ではまったくの役立たず。

 陸戦隊も対人戦を想定してる。


 そもそもリーンネリアには戦車が存在しない。

 つまり対戦車戦闘なんて起こるはずのない状況なんだ。


 なのに陸軍は、ドイツ軍の4号F2型戦車を召喚して主力戦車にしようとしてる。


 理由は対大型魔獣戦闘用。


 大量複製しているのは、すべて大型魔獣を確実に倒すための前準備なんだって。

 これ、ほんとうかなあ~。

 たんに強い戦車、欲しかったんじゃない?


 まあ……。

 この世界における主力戦車の敵が大型魔獣なのは本当のこと。


 対する95式軽戦車は、蜥蜴とかげ兵や小型魔獣を主敵とみなしてる。

 橋頭堡きょうとうほを確保するための切り込み役として活用するみたい。


「さあ、行くぞ!」


 工藤先輩の声がした途端。

 ぶっとい腕が胴体に回される。

 あっと言う間に抱えあげられた。


「う、うわっ……せ、先輩! 放して!」


「ジタバタすんな。このまま小隊一丸になって砂浜を走りぬける!」


「うっわー」


 ほとんど棒叫び。

 もっとも、周囲に敵がいる気配はないけど。


 護衛艦隊と輸送隊は、深夜のうちにレバント南方2キロにある砂浜へ接近した。

 事前の航空索敵では、浜の北端あたりに敵の監視小屋があった。


 しかしそれは、昨夕に実施された第2機動部隊の航空攻撃隊により破壊されている。

 同時にレバントにも大規模な爆撃が行なわた。


 魔法などには慣れてる魔王軍も、魔法強化された爆弾の炸裂には驚いたはずだ。

 おそらく、いまも大混乱したままだろう。


 リーンネリアには近代科学の基礎知識がない。

 飛竜による火炎弾攻撃の概念はあっても、100機を越える艦上機による大規模爆撃は想定できない。


 同じ理由で、強力な機動力を活用した、短時間での強襲上陸は想像できない。

 簡単にいえば、僕らが浜に上陸するなんてことは、敵はまったく予想してなかったはず。


 最初にレバントの集積基地を攻撃したのも、未知の恐怖を与えるため。

 驚いた敵はレバントの守りに専念するはず。

 だから僕らは、その裏をかく。


 敵の監視対象になっていない浜辺へ上陸。

 超遠距離念話(これは集団高等魔法)で連携している山エルフ部隊と合流する。

 その上で、レバント東方にあるリプ川北岸の街道を制圧する。


 ――ひゅー!

 ――ドン!


 浜辺の北にあった監視小屋付近から、いきなり火球が発射された。

 見た目は、打ち上げ花火を横にした感じ。

 あきらかに初級魔法の【火玉ひだま】だ。


 初級魔法といっても、あなどっているとひどい目にあわされる。

 使用者の魔法レベルが高ければ、それなりの威力になるからだ。


 いま発射された火玉は直径30センチくらい。

 飛距離は100メートルほど。

 僕の知識によれば、使用者は上級魔法兵あたりのはず。


 ――ドン!


 軽戦車が37ミリ砲を発射した。

 浜辺の一番北側に上陸した戦車だ。


 37ミリは砲身がみじかく威力も最低レベル。

 だけど相手が生身の魔法兵なら効き目はある。


 ――バッ!


 高台になっている監視小屋跡に小さな爆発が起こる。

 魔法付与されてこの威力とは、かなり情けない。

 正直、歩兵相手にしか使えない。


 着弾地点の5メートルほど東側から、ふたたび火玉が発射される。

 どうやら砲弾は外れたようだ。


 軽戦車の位置は、監視小屋から100メートルほど手前。

 ぎりぎり火玉の射程内だ。

 その証拠に、軽戦車の右側の砂地に火玉が落ちて燃え上がる。


 ――タタタタタッ!


 軽戦車は、慌てて7・7ミリ機関銃を連射しはじめた。


 敵の魔法攻撃を侮ってはいけない。

 そう上陸前の戦術検討会では口を酸っぱくして言われた。


 火玉が軽戦車に命中したら粘着して燃え続ける。

 これは敵飛竜の火炎弾と同じ性質の魔法だからだ。


 命中すると、熱伝導により戦車内部の温度が急上昇する。

 良くて蒸し焼き、最悪だと砲弾に着火して内部から吹き飛ぶ。

 機関銃の連射は、それらを未然に防ぐための攻撃だった。


「全員、敵にかまうな。俺たちの任務は合流することだ!」


 僕を小脇に抱えたまま工藤先輩のドラ声がひびく。

 他の小隊員は一言も喋らない。

 ひたすら背をかがめたまま砂浜を駆けていく。


『こっちだ! 早く!!』


 前方から聞いたことのない言葉が届いた。

 ほぼ同時に日本語として頭の中に響く。


 無理矢理に頭をもたげて浜辺の奥を見る。

 3名の男女らしき人影が手を振ってる。


「三島、もう話せるか?」


 先輩が聞いてきた。

 アレだけ走ったってのに息切れしてない。

 どんだけ体力があるん?


「見たとこ、あと30メートル。だから、まだダメ。10メートル以内じゃないと、先輩の声を翻訳できない」


「わかった。全員! あと20メートル、全力疾走!!」


 先輩の速度がグンと増す。

 砂を巻き上げて走る。

 砂かけババアに追いかけられてる気分になった。


 またたくまに最後の10メートルを走り切る。


「到着! 安全確保!!」


 先輩は部下に命令したあと僕を降ろした。


「三島、俺たちが安全を確保するまで、ちょいとあいつらの相手をしててくれ」


 そう言うと、肩に掛けていたベルクマン式機関短銃を構えて周囲を見はじめる。


「人族連合から連絡のあった、ですね?」


 3名の山エルフを代表して背の高い女の人が聞いてきた。

 168センチの僕より高いなんて……くっ。


「は、はい! 自分たちは大日本……あ、いや、人族連合軍に召喚された勇者軍の陸戦隊部隊です。予定では、まず1400名が上陸して橋頭堡を築き、そののち主力の陸軍部隊が上陸してきます。彼らが上陸したら、レントン軍の山エルフ部隊と合同作戦を実施することになってます」


 本来の役目は通訳のはず。

 だけど先輩たちはいそがしい。

 なので、しかたなく伝令の役目もやってる。


 いま言った内容も、本当だったら工藤先輩か上官の中隊長が伝えることだ。

 だから間違って伝えたら、それこそ大変……。


「この浜辺一帯は、すでに私たちの襲撃隊で制圧しています。しかし、どうやら浜辺の北端にある高台に、少数の敵偵察部隊が潜んでいたようです。おそらく破壊された監視小屋に勤務していた者たちでしょう。

 彼らが全滅したとは思えませんので、生き残った者がレバント集積基地に走っているはずです。

 ただし現在は、念話を妨害する魔法陣を張っています。なので敵の念話がレバントに届くことはありませんが……これで稼げる時間はわずかです」


 念話を妨害する魔法があるなんて、いま初めて知った。

 もしそれが本当なら、かなり味方に有利に働く。


「おう、三島。待たせたな」


 機関短銃を構えたまま、先輩が走ってきた。


「第1突撃中隊が、おおむね上陸を完了した。まもなく中隊長がやってくるが、意志疎通は出来てるか?」


「10メートル以内だから、もう話せます」


「よっしゃ、それなら後は任せろ」


 そう言うと先輩は、ふところから地図を取りだした。


「ええと……どなたか地理に明るい人、いらっしゃいますか?」


 先輩が丁寧語でしゃべってる!

 考えてみれば士官で小隊長なんだから、まともな問答くらいできるはず。

 できないと思ってた僕のほうがアホだった。


「それなら、こちらにいるミラルルが、ここらへんのことを良く知ってます」


 先ほど僕に声をかけた女性エルフが、隣りにいる細身の男性エルフを紹介した。

 すぐに先輩が地図を見せて、なにやらごにょごにょと相談しはじめる。


 その頃になると……。

 いつのまにか護衛小隊全員が、僕たちを囲むように防御陣形を形成していた。


「あの……よろしければお名前を?」


 ふたたび声を掛けられ、びっくりしてふり返る。

 見た目、若い女エルフだ。


「あうう。えと、じ、自分は三島友輝って言います。【エリア翻訳】の能力を持っているので、集団翻訳の任務で参加してます!」


「やっぱり貴方様の能力でしたのね。上陸が開始された途端、途切れ途切れですが、頭の中に貴方様……あ、失礼、三島様の声が聞こえてきたもので」


「そんなに遠くから感知できるんですか? あ、ごめんなさい。先にお名前を教えてください」


 動揺のあまり、ぜんぶ支離滅裂だ。

 そんな僕を見ても、目の前の女性は微笑んだまま。


 やっぱ歳の差か?

 エルフだけに何十歳も年上なんだろうな……。


「レントン軍山岳遊撃団の山エルフ部隊、通称【闇に跳ぶ黒山羊隊くろやぎたい】のサブリーダー、レクチル・イアンカです。どうぞよろしく」


 そう自己紹介すると、あまり大きくない胸の前に両腕を交差させた。

 どうやらそれが山エルフの敬礼らしい。


 たしかに胸はない。

 でもハイエルフのルミナは立派な胸の持主だ。

 だからエルフはみんなそうかと思ってた。


 胸のことは置いといて……。

 引き締まった肉体と陽に焼けた薄い褐色の肌を持つ美人だ。


 人族連合にいるエルフの女性は、みんな色白でスレンダーな美人だった。

 日本人でいえば、京人形的な感じ。


 だけどレクチルは違う。

 急峻きゅうしゅんな山をモノともせずに飛び跳ねる、若い山羊のような筋肉美を誇ってる。

 他の者も似たり寄ったりだから、これが山エルフの特徴みたい。


 髪の毛は少し灰色がかった白髪。

 目はエルフらしく少し吊り上がっていて、鼻筋もすらりと通ってる。

 甲胄などは装着せず、厚手の毛皮製の上着と膝あたりまでの半ズボンを履いていた。


 右肩には短弓、背には矢筒。

 左の腰には、ベルトに下げられた長めの山刀。

 そして右足の太股に、大振りのナイフが入った鞘がくくりつけられている。


 これだけ見ると、山エルフは物理攻撃一辺倒の戦闘民族。

 だけど本当は違う。


 エルフ族全般に言えることだけど……。

 じつは強力な妖精魔法を使うことができる。


 妖精魔法と言っても、魔法の発動機序メカニズムが違うだけだ。

 本当に妖精を使役してるわけじゃない。


 まあ妖精は、この世界に実在してるけどね。

 それは一種の思念体で、ゴーストなどの実体を持たない死霊系魔物に近い。


 死霊使いは自分の思念に魔力を載せる。

 さらには周辺に存在する魔素を使って死霊を召喚する。


 妖精も、それと同じ理屈だ。

 魔素の濃い場所になんらかの思念が働くと妖精が発生するんだって。


 あ……。

 また脳内で話がずれた。


「あ、どうもです。で……自分らは、これからどうすれば?」


「それは、あちらで協議中の軍人さんが決められるのでは? 私どもは皆様が上陸された後、敵の攻撃が届かないリプ川南東にある隠蔽拠点いんぺいきょてんに、皆様を案内せよと命じられているだけですので」


 あちらの軍人さんって先輩のこと?

 ってことは、地図で隠蔽拠点とやらの場所を確認してるのか。


「そうなんですか。でも、たぶん隠蔽拠点に行くのは一部の者だけで、大半はレバントから東へのびる街道を寸断するため、北に転進するはずですよ」


「こら三島! 権限もないのに作戦予定をしゃべるな!」


 たちまち工藤先輩の叱責しっせきが聞こえてきた。


 と、その時。


 レクチルの背後。

 警戒している護衛隊員の肩越しに、ちらりと何かが揺らめく感じがした。


「そこ! なんかいる!!」


 嫌な感じがしたので、声を出すと同時に腰の拳銃を抜く。


 直後!

 護衛小隊に所属する三浦2等兵の首に赤い筋が走った。


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