20、レバント海峡海戦5



【新暦2445年8月7日PM6:50】※現地時間



「もう大丈夫だ。傷は塞がったし、中に残留物もない」


 治癒魔法をムスムに掛けたアラレルが、ほっと安堵のため息を漏らす。

 ここはコリコゼの洞窟にある野戦救護所。

 本格的な軍病院はブレナ島にしかないため、まずここで手当を受ける。


 敵のを避け、なんとかもどってきた。

 しかし怪我人だらけだ。


 ムスムは右腕に貫通銃創を受けた。

 にやられたのだ。


 銃撃されるのは生まれて初めての経験だ。

 それは治療するアラレルも同じ。

 未知の攻撃手段による傷をいやすさい、必要以上に緊張していた。


「くそっ! 俺の分隊で生き残ったのは2人だけだぞ! ってだけでも反則なのに、わけわからんまで持ってやがる。おかげで散々な目にあった。

 それに、なんだアレ! 海中で炸裂する爆裂玉ばくれつだま! 直撃じゃなくても内臓をぶちまけて死んじまったぞ!!」


 ムスムは憤慨ふんがいするより前に、恐怖で身震いした。

 相手が普通の木造帆船なら、海藻魔獣【ケプケプ】の触手攻撃だけで粉砕できる。


 ただし、かつてベルガン帝国海軍が保有していた鉄張り船だと粉砕は無理だが……それでも足止めなら可能だった。


 足止めした上で、襲撃隊が船に乗りこみ制圧する。

 これが人魚族が受け継いできた由緒ある戦闘方法だ。

 しかも、これまでは常勝だった。


 それが……。

 が現われた途端。

 水中で爆発する魔道爆裂玉で、ケプケプを粉砕しつつ誘導したのだ。


 ケプケプは使役魔獣だが、本能的に攻撃してきた相手を追撃する。

 その習性を逆手に取られた格好になった。


 も異常だった。

 中から飛び魔道具を持った人間が出てきて、襲撃隊を片っぱしから殺しはじめた。


 あわてて撤退した。

 だがその時点で、襲撃隊40名のうち8名を失ってしまった。


 ケプケプを操っていた歌導隊40名も同じだ。

 水中爆発で2名が死んでしまった。

 怪我人も多数でている。


「ティルカが生き残ったんだ。兄としては、それで良しとすべきだな」


 慰めるつもりか、アラレルが優しい声で言った。


「そうも言ってられない。ティルカの仲良しだったメルレンが死んじまったからな。ああ、いまごろ泣いてるだろうな。早く行ってやらないと……」


 ティルカはケプケプの操作担当。

 だから無傷で済んだ。

 死んだのは護衛役の娘たちだ。


 肝心のケプケプは、敵の海中爆裂玉によって3分の1が根元から粉砕された。


 人魚族の女は、海藻魔獣や海棲魔獣を歌声で操るスキル【詠唱】を持っている。男は水魔法を駆使できるが【詠唱】はできない。


 今回の作戦は、人魚族の男女の能力をフルに使ったものだった。

 それでも水中鉄船の封じ込めに失敗してしまった。


 こうなると残る手段はひとつしかない。

 ティルカとは別の部隊があやつる、大型海棲魔獣による攻撃だ。


 だけど……。

 相手は高速で移動する水中鉄船と水上鉄船。

 海棲魔獣では追いつけない。


 待ち伏せする以外、沈める方法がない。

 だが、うまく行くだろうか……。


「どっちみち、つぎの出撃は別の戦隊になる。とうぶんのあいだ、俺たちの戦隊は出撃不能だからな」


 失った人魚兵の数は、80名中の10名にすぎない。

 しかしケプケプの半分を失っているため戦えない。

 育成魔法を使って促成繁殖させても、回復には最低3ヵ月はかかる。


「魔王国軍も、海中での戦いだと俺たちには勝てない。その俺たちが勝てない以上、敵を足止めするのは海棲魔獣を使っても無理だ。

 それでも司令官は出撃しろって言うだろうな。魔人族は俺たちの損害なんて、ネズミ魚のクソほどにも重要視してない……」


 ムスムの所属している襲撃隊は、【レバント海中兵団】に所属している。

 そして海中兵団の兵団長だけは、魔王国の魔人族が就任している。


 魔魚人族【マーマン】の上位種である、エルダーマーマン種のハイレントがそうだ。


 ハイレントは、マーマン族らしい無慈悲な男。

 そもそも人間的な感情を持っていない。

 その上、方面軍司令長官が全面委任するかたちで人魚族を任されている。


 そのような男の指揮下に入った人魚族は、まことに不幸……。

 効率最優先で戦わされ、戦闘不能になると廃棄物扱いだ。


 ムスムの愚痴は、さらに続く。

 妹のところに行けない鬱憤うっぷんを、無駄口たたくことで晴らしている。


「それもこれも、ガガントのトカゲ野郎が、さっさとレントンを攻め滅ぼさないからだ。ダークエルフの力を借りてるってのに、補給物資を消費するばかりで、ちっとも戦線を広げられないじゃないか!」


「そう言うな。無理に大森林深くへ攻め入れば、すかさず背後から山エルフたちが襲ってくるんだ。山にしろ森にしろ、エルフ族の弓が生きる場なんだから、白兵戦を得意とする蜥蜴族にはつらい戦いだろうな。

 だからこそ屈強で素早いダークエルフの部隊が加勢してる。しかも最近は、ダークエルフ部隊に剛弓を扱える者が追加されてるって話だ。

 こっちに弓使いが加われば、森エルフも山エルフも撃退できる。だから近い将来には、かならずレントンを落としてくれるはずだ。それまで補給航路を維持することが俺たちの任務なんだから、もう少しの辛抱だよ」


 冷静なアラレルの意見を聞いて、ムスムもすこし落ち着いたようだ。

 腕に巻かれた海藻の包帯をなでながら、黙ってうつむいてしまった。


 その姿を見て、アラレルが声を重ねる。


「治療が終わったら、俺から中隊長に進言してやるよ。ムスム兄妹に1日の休暇をくれるようにってな。傷病休暇なんだから、たぶん通るだろう。ティルカは介護役ってわけだ」


 貫通銃創は、すでに治癒魔法で塞がっている。

 それでも休暇が必要なのは、神経が受けたダメージを癒すためだ。


「すまん……」


「すこし前線を離れて、ブレナ島で頭を冷やせ。戦うのは他の隊に任せるんだ」


「………」


 到底納得したようには思えないムスム。

 だがアラレルは他の負傷兵の治療に行ってしまった。


 1人、海藻ベッドに横になったムスム。

 歯を食いしばってつぶやく。


「あんな常識を無視した敵。人族連合のやつら、どこから……」


 人魚族に勇者召喚の伝統はない。

 だから……。

 世界の外から召喚された者のことまで思いが至らない。


 それがまた不安をあおる。

 ますますムスムの心を暗くする。


「こうなったら中隊長に直訴してでも、魔王軍の巨大魔獣部隊を出撃させてもらおう。それしか方法がない!」


 魔王軍には強力な魔獣軍団がいる。

 いずれも魔界に棲息する常識外れの生物だ。

 人魚族があやつる、この世界の海棲魔獣とは比べものにならない。


 最終的にベルガン王国を滅ぼしたのも、陸上の巨大魔獣による蹂躙じゅうりん作戦だった。


 魔獣軍団の中には、魔王国海軍直轄の巨大海棲魔獣部隊もいる。

 ウワサに聞くそれは、体長が200メートルを越える上位の海棲魔獣だという。


 主力は真種の海ドラゴン族に属する大海龍。

 シーサーペントやら巨大クラケン、巨大牙魚なども配備されている。


 あの部隊さえ出してくれれば、今回の敵に勝てる……。

 そう考えたムスムは、どうやって中隊長を動かそうかと熱心に考えはじめた。


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