40、ことの顛末は……

 グルンベ要塞は、9月3日の未明に完全制圧された。


 捕らえられた改造ベルガン人指揮官は全員が処刑された。

 なぜなら彼らは、瘴気結晶を体内に埋めこまれて魔獣化されているからだ。


 外科的処置で瘴気結晶を取りだすと死んでしまう。

 洗脳されていなくても、【魔獣化】により人間の精神は失われている。

 身も心も魔界の住人となっている以上、処刑するのはせめてもの情けである。


 反対に……。

 魔王国軍の隷属部隊は、その多くが捕虜となった。


 彼らの多くは南カルジニア大陸にあるアイワールやバイシャール出身だ。

 次に多いのが、クレニア大陸のローンバルトとワンガルト出身。

 その他、バンドリア出身のダークエルフや、ペカン島出身の海人族もいる。


 まさに多種族混合部隊だ。

 それゆえに、魔王国に征服される以前から存在する種族間確執が表面化することがある。


 国家間の長い戦いの歴史があるだけに、そう簡単に恨みつらみは消えない。

 種族間の軋轢から最後まで戦って戦死した者もいる。

 だが大半は『隷属の首輪から解放してやる』という勧告にしたがい投降した。


 そして彼らを管理監督していた妖人のムルマだが……。

 なんと、隠蔽魔法を使って要塞を脱出しようとしていた。


 しかしリーン諸島所属のエルフ族魔導師に発見された。


 魔導師で索敵魔法の専門家でも、魔人の隠蔽魔法は看破できない。

 しかし集団による多重魔法行使だと話は違ってくる。


 エルフの魔導師は、彼の指揮下にある魔法中隊に集団探知魔法を行使させることにより、見事ムルマの所在を看破したのである。


 ところが……。

 ムルマを捕まえたものの、その後が大変だった。


 妖人は魔族のため、瘴気のない場所では生きて行けない。

 魔素環境下では、体内に瘴気結晶を取りこんでいないと即死する。


 だから魔族を生きたまま捕まえる時は、球体の捕縛障壁を形成して瘴気漏れを防ぐ必要がある。


 その後も捕虜として生かしておくため、球体内の瘴気濃度を常に一定に保つ必要がある。


 もし魔人の体内にある瘴気結晶が消費され尽くしたら、別途、隔離保管していた瘴気結晶を球体の中に入れてやらねばならない。


 そこまで手間をかけて捕虜にするのは、ひとえに魔王国と魔族の最新情報を入手するためだ。


 ムルマはこれからリーン諸島へ送られ、軍情報部か巫女団に引き渡される。

 そこで拷問を含む尋問が行なわれる。


 当初GF司令部は、拷問は人道的に見て看過できないと反対した。

 しかし人族連合は、でなければ魔族から情報を引き出せないと主張。


 最終的には、リーンネリアのことは現地人に任せるしかないという結論に落ち着いたのである。



※※※



 グルンベ要塞を陥落させてから約1ヵ月が経過した。

 その間、ワンガルト東北部では小康状態が続いている。


 もともとグルンベ要塞は、ワンガルト国内で反乱が発生した場合の最終防衛拠点だった。


 つまり魔王国軍がシャトランへ逃げるための盾となる場所なのだ。

 シャトランにさえ逃げ込めば、強力なベルガン海軍の艦隊が救出してくれる。


 そうでなくとも、シャトランは天然の要塞。

 充分な守備戦力さえあれば、いずれ反撃の拠点として機能する。


 そのグルンベ要塞が人族連合軍の手に落ちた……。

 これは魔王国軍にとって由々しき事態となる。


 難攻不落の要塞は、敵の手に落ちたら鉄壁の要塞に化ける。

 ワンガルト国内から攻めてくる魔王国陸軍部隊にとり、これほど邪魔な存在はない。


 結果……。

 魔王国軍が攻めあぐねた結果、不気味な小康状態となったのである。


 さらには……。

 ワンガルト方面の総指揮官だったグラド・ブラキアが、リーンネリアにおける魔王国軍の本拠地であるバンドリアへ戻ってしまった。


 そのため指揮下にあった全軍が動きを止めてしまった。

 魔王国軍は上意下達の最たるものだけに、これは必然的な結果だろう。


 現在動いている軍は魔王国軍北部方面軍団のみ。

 この軍団は、レバント海峡へ再侵攻するためガガント国東端へ集結中だ。


 バンドリアのダークエルフとガガントの蜥蜴人で構成される部隊だが、を警戒し、なかなか海峡を渡ろうとしない。


 連合艦隊によるレントン国への装備提供は、着実に効果を現わしているようだ。

 魔王国軍が連合艦隊の詳細を把握し、魔導具化された近代装備の実体を知るには、もう少し時間が必要だろう。


 だが……。

 軍団の指揮官は、と判断しがちだ。


 現在の魔王国軍北部方面軍団の動きは、如実にそれを現わしている。


 おそらく彼らは……。

 時期的に見て、レバント海峡が完全凍結するまで待つつもりだ。


 兵員輸送船で海峡を突破する場合、輸送船を沈められたら終る。

 これが凍結した海峡を踏破するのであれば、攻撃されても少数の被害しか受けない。


 相手が謎めいた力を発揮している以上、どちらを取るかとなれば陸路になる。

 そう魔王国軍が判断していれば、あと1ヵ月ほどは攻めてこないはずだ。


 そして……。

 ここはリーン諸島の首都にあたるアスファータ。

 人族連合軍の総司令部がある港湾地区の一画。


 港湾地区には、連合艦隊の要請に基づき、新たに【アスファータ連合軍総司令部】が建設中だ。


 アスファータ連合軍とは、地球出身の軍と人族連合軍がひとつの軍として連合したものを指す。


 勇者召喚された連合艦隊と陸戦隊、そして帝国陸軍部隊。

 これらは大日本帝国に所属している。


 しかし、ここは異世界。

 最低でも10年は地球に戻れないとなれば、いつまでも大日本帝国軍を名乗るわけにもいかない。


 そこで、人族連合軍との合同作戦部隊――【連合任務部隊】を編成することが決まった。


 ただし……。

 双方の軍は、解体してのち合同するのではない。


 地球出身の軍は、いずれ地球に帰る。

 これを大前提とし、組織構成はそのまま維持することになったのだ。


 作戦ごとに戦隊や大隊単位で連合部隊を編成する。

 そのための最高指揮中枢が【連合軍総司令部】なのである。


 連合軍総司令部が発足しても、人族連合軍総司令部やGF司令部は存続する。


 もっとも……。

 人族連合軍総司令部は同じ敷地内に設置されるため問題は発生しない。

 しかしGF司令部や帝国陸軍司令部(実態は上陸作戦部隊司令部)は、出撃すると海の上へ移動してしまう。


 そこで連合軍総司令部内に、【連合艦隊連絡局】と【地球陸軍(陸軍と陸戦隊)連絡局】が設置された。


 実戦部隊との連絡は、何重にも張られた長距離念話網と無線通信によって行なわれる。


 そのためシムワッカ湾内に浮かぶルード島に、新たに短波/中波無線用の通信所が設置されることになった(同時に連合軍念話通信所も開設される)。


 これら一連の処理が終わって、ようやく一段落……。

 一段落のあとは、いよいよ反撃のための布石が打たれる。

 まだまだ、本格的な休暇は望めそうもなかった。


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